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2024/05/07 01:38 |
彼は愛しい歌を唄った
彼女は切ない歌を唄った の続きです。
前作で『再会』を出したので、今回で『甘える』を出しました。が、本当に少ししか出来上がっていなかったですorz
その点で指摘されたら………もう謝るしかないです。すいませんm(_ _)m
あと、pixivに書いたあとがきをここにも最後に入れておきました。興味のある方はどうぞw



 学園都市を出て二ヶ月以上も経っていたが、街の光景は特に変わっていなかった。
 あえて変わった部分を述べるなら昨日から降り続いている雪が今日も降っている程度で、学園都市は二ヶ月前と変わらずいつも通りであった。
 そしていつも通りということは、彼の運の悪さもいつも通りということである。
「自業自得とはいえ、この仕打ちは酷いんじゃないんでせうか? 不幸だ」
 まるで今までたまっていた不幸がここで一気に上条に襲い掛かってくるかのような不幸ラッシュには、さすがの上条も神様を呪わずにはいられなかった。
 まだ起きて半日も経っていないのに、一日の倍以上の不幸イベントを経験してしまうと思ってしまうほどの不幸っぷり。
 一歩歩けば不幸が落ちてくるとは、まさに今日の上条のための言葉でと言い切っても問題なかった。
 そして極めつけの不幸は
「もう一度一年生からやり直しですね。それと、今まで休んでいた分とこれからのを合わせてプリント500枚を一週間の内に終わらせてきてください」
 二週間以内にプリント500枚。
 どこのマンガの世界の宿題だよとツッコミたいほどの枚数のプリントに、上条は涙を流すことが出来ない深海の悲しみを味わった。
 そして今日中にみかん箱に入れられたプリントの山が寮に届くらしいが、今日の上条の不幸指数は世界一と言っていいほどの数値を示していたので、言った通りに届くことはないだろうと予感し、さらに一日余裕がなくなることに肩を落とした。
「もう不幸すぎて生きてるのが辛いですよ。ああ~次はどんな不幸がくるのやら……不幸だ」
 不幸はいつ何が起きるかわからない。
 見方を変えれば日々不幸に怯えることにもなるが、不幸を末永く経験してきた今の上条には不幸で怯えることはない。
 それよりも、現実で起きている学校とお金の問題の方が怖く、頭を抱えた。
「そういえばキャッシュカードがなくなってたな。はぁ~思い出し不幸だ」
 唯一救いがあるとすれば、インデックスはイギリスにまだ残っていることぐらいである。だが時期が過ぎればまた戻ってくることは確実なので、今の内に溜められるだけお金を溜めておきたい。
 ある意味キャッシュカードをなくしたおかげで使わずにはすむが、残念なことに今の上条の残金は十数円である。これで来月まで生活するのは無理な話である。
「このままだと上条さんは餓死してしまいます。さて、真面目にどうすればいいんだ?」
 とりあえず問いかけてみたが、答えてくれる者はおらず上条はまた不幸だと言ってため息をついた。
「とりあえず帰るか。それから考えよう」
 お先真っ暗な未来のことを考えても不幸しかないので、とりあえず現実だけを見ようと思って帰ることだけを考えた。
 と言っても目の前にある現実も不幸だけしかなかったが、未来のことよりも不幸を考えることが少なくなっただけまだマシである。
 強引であるが少しだけポジティブになった上条は雪が降る帰路を一人で色々なことを考えながら歩く。
「ん? 誰だ?」
 不意に着ていたコートの背中部分を誰かから引っ張られ、後ろを向いた。
 そこにいたのは、俯きながら指でちょいちょい引っ張る御坂美琴であった。
「なんだ、御坂か」
「なんだとは何よ、なんだとは。せっかく人様が電撃を使わずに挨拶してあげたって言うのに」
「それはどうも。というか電撃を使って挨拶するのはお前ぐらいだよ」
 そう言って呆れたため息をつく上条に、美琴は顔を上げてえらそうにと言って上条を睨んだ。
「敵意を向けなさんな。今の上条さんは色々あってお疲れなんですよ」
「そのくせに偉そうな口の聞き方は治ってないようだけど?」
「……不幸だ」
 けんか腰の口調に呆れてしまい上条は思ったことを口に出してしまった。
 それが悪かったようで髪の周辺で蒼い稲妻をビリビリと出して、上条を無意識に威嚇した。
「帰ってきて翌日にはすぐに勝負かよ! と言うか、昨日の可愛い美琴たんはどこに行ったんだ!?」
「ッ~~~~~~~~!!!?? あれはなしよ!!! あの時は黒子が怪我して急いでたから」
「でもあんなに泣きついて俺のことを離さなかったじゃねえか。忘れろといっても無理な話だろう」
 上条は昨日のことを思い出して頬を赤く染めた。
 思い返してみれば昨日の再会は幸せでもあり不幸でもあった。
 常盤台の寮の正面玄関の前で、常盤台の超電磁砲が見知らぬ男の名前を呼びながら抱きついて大声で号泣していたのだ。
 防音の効果がある壁と窓で作られていた常盤台の寮では、大きな声もそこまで気になることではないが、これが超電磁砲の声だったら話は別だ。
 防音効果と言っても大きな声を出せば寮の廊下に聞こえてしまう。そのせいで、廊下を歩いていた生徒が美琴の号泣する声に気づき、窓から正面玄関にいる二人を発見してしまった。
 そうなったら後の祭である。一人が気づけば自然ともう一人が気づき、それがどんどん多くなっていき、最終的には寮にいたほぼ全員が二人を窓から見下ろしていた。
 そのことに誰よりも早く気づいた上条は、この状況から逃れようと思い常盤台の寮から離れようと思ったが、泣いて離さない美琴が最後までそれを許してくれなかった。
 結果、美琴が冷静さを取り戻し自分の状況を理解するまでの間、上条は美琴の可愛い姿と周りから送られる嫉妬や殺意の視線に耐え続ける拷問を受けた。
「あの時の御坂、結構可愛かったし俺のこと名前で呼んでくれて泣いてくれたんだ。忘れたくても忘れねえし、忘れたくねえ」
「ッ~~~~~~~~!!!!!」
「それと……」
 と言って真っ赤になった頬を掻く。それから明後日の方を向きながら
「俺のために泣いてくれて………ありがとう、な」
 と小さな声でお礼の言葉を述べた。
 しかし今日の上条は不幸であった。どんなにいいことを言ったりやったりしても結局待つのは不幸である。
「ふにゃ~」
「ぬおおおおおぉぉぉぉぉぉーーーーー!!!!! 不幸だーーーーーーー!!!!!!」
 昨日のことでお礼の言葉を言われた美琴が意識を手放すのも、今日だからこそであった。


「不幸だ。本当に不幸だ。ああ不幸だ」
「ああもう! 不幸なのはわかったから少し静かにしてなさい!!!」
「これが静かにしていられるかよ。はぁ~もう今日と言う日そのものが不幸だ」
 気絶した美琴の無意識かの電撃と気絶した美琴の看病。前者はともかく後者は不幸かどうか際どい部分であるが、何か不幸なことが起こりそうな気がしてならない恐怖のようなものに怯える時間だったので、精神を削られた点では不幸である。
 だからと言って原因を作った美琴を責めたりはしない。被害者であるが、もう慣れてしまったことなので今更気にするのもばかばかしかった。
「というか、なんでお前が付いて来てるんだ?」
「えっ!!?? あの……そ、それは…………」
「? あ、それに俺に声をかけてきて何も言わなかったよな? もしかしてただ声をかけたかっただけか?」
「………ま、まあ。それも……ある、わね」
「? それも?」
「……………」
 それから俯いて黙り込んでしまった。
 美琴が声をかけてきた意図がよくわからない上条は、これ以上追求していいのか少しだけ疑問に思ったが、言いたくないなら無理に言わせなくても問題ないかと思い、それ以上は何も言わないことにして話を変えてみた。
「それよりもこのまま付いてくると俺に部屋までくることになるけどいいのか?」
「ああああああああんたの部屋ぁぁ!!!??? そそそそそれは………いいけど。ど、どうせ帰るってことだから途中でスーパーにでも寄ってくんでしょう!!!」
 今の美琴の表情を見れば、普通の者は緊張していることが一発でわかってしまう。それほど動揺をしながらも必至に冷静なふりをする美琴だが、動揺をまったく隠せていなかった。
 さらには言葉にも余裕はなく、言うのが精一杯であることが余裕のない声からよくわかった。
 しかし鈍感な上条は表情だけでなく言葉の動揺にすら気づかず、美琴の動揺には一切触れずスルーをして、スーパーに行くことを手を横に振って否定した。
「まあ確かにいつもならスーパーに寄るかもしれませんが、残念ながら今の上条さんはスーパーで買い物をする以前に自販機でジュースすら買えるお金もないんですよ」
 言い終わって今の自分がどれほど貧乏なのかを上条は改めて感じてしまった。その一方で、美琴は額に手を置いて呆れた表情だった。
「……アンタ、その残金でどうやってご飯を食べていくつもりなの?」
「とりあえず今月一杯は水生活をやろうと思ってます。不幸だ」
 何考えてるのよと美琴は大きなため息をついた。
「今いくらもってるの?」
「………十円玉が少々」
「はぁ? 昨日はどうしたのよ?」
「実は昨日はお昼を飛行機に乗る前に食べたのが最後で、それ以降は……はい」
「はぁ~~~~。呆れるを通り越して頭が痛いわ。どうしてお金を持ってこなかったのよ」
「学園都市に来てすぐに財布をすられましてその時に大きいのは全てやられてしまったんです」
「はぁ~~~~~~~~~本当に不幸ね」
 呆れるを通り越して頭痛がしてきていた。
 美琴は上条が不幸であることは知っていた。だがここまで不幸な目にあっていた上条とは初めて遭遇したので、少しばかり上条の不幸を甘く見ていたかもしれないと美琴は密かに考えを改めなおした。
「……………」
 しかし、逆を返せばこれは美琴にとっては大きなチャンスでもあった、その点では不幸な上条と会えたのは美琴にとってはとても幸運であった。
「じゃ、じゃあさ………私が面倒を見てあげようかしら」
 大胆な提案であるのは承知をしているが、上条に近づくいいチャンスだと思い、恥ずかしさを必至に堪えてそんな提案をしてみた。が、上条の反応はいまいちだった。
「面倒を? お前が?」
「何よ? 言っとくけどお嬢様だからって何も出来ないってわけじゃないわよ」
「そういうことじゃなくて、それって悪いなって思って…」
 年下の女子中学生に面倒を見られるのは、年上の男子高校生として年上の意地が傷つけられる。
 しかし今の上条の立場を考えると、今更そのようなことを気にしていられる立場ではない。普通に考えれば、ここは美琴に甘えてもいい場面である。
 だが上条は頷くのを躊躇う。やはり迷惑をかけるようなことはしたくないし、かけた後にそれを後悔するのが嫌だからである。
「別に悪くないわよ。アンタの生活費程度なら二ヶ月分の洋服代よりも安く上がるし、面倒を見るっていっても料理をしてあげたりするぐらいだし」
「でも中学生にそこまで…。というかお前だって自分の生活があるじゃねえかよ」
「それはアンタが気にすることじゃないわよ。それと、アンタは私のことを二ヶ月以上もほったらかしにしたんだから、逆らうんじゃないわよ」
 ほったらかしにしたことは言った後、少し卑怯だったかもしれないと思ったが、この際だから勢いで使ってしまえと気にするのをやめた。それに、これは紛れもない事実であったのだから、卑怯ではあるが武器になる。
 だから美琴はこれを武器にすることにして、ほったらかしにしたんだから責任を取りなさいと二度目の武器を使った。
「それは言われると確かに………………で、でもやっぱり」
「ああもう!!! はっきりしないわね!!!」
 武器を使ってもなかなか折れない上条に苛立ちが限界に達した。
「私は今までアンタがいなかった分の時間を補いたいの!!! 二ヶ月以上も寂しい想いをしたんだから、その分をこれからちゃんと償いなさい!!!」
 美琴は上条の右手を強引掴んで、少しだけ背伸びをして上条とほぼ同じ視線ではっきりと言ってやった。
 言われて上条は、お、おう…と頷き、これでようやく折れた。
「まったく………いつまで経っても鈍いんだから」
 そんなことを愚痴りながら上条の手を引いてスーパーの方へと歩いていく。
 そして言われた上条は二ヶ月以上も会えなかったことに美琴が寂しさを感じていたことを、言われて初めて気づかされた。


 昨日久々に帰ってきた時の我が家はとにかく埃が酷かった。
 二ヶ月間も手付かずだったので、掃除をせずにいれば埃が自然とたまってしまう。こうなることが事前にわかっていれば、隣の土御門の妹の舞夏に掃除を頼んでおけたのにと帰ってきた直後はそのような後悔をした。
 しかし後悔先に立たず。結局、こうなってしまった後に考えても後悔しか生まれなかったので、とりあえず簡単に掃除をしたのが昨日の深夜の出来事だ。
「なるほど。それで端のほうに埃っぽい部分があったのね」
 部屋に上がった時、少し埃っぽい部屋を見て汚いと思ってしまったが、上条の説明を聞けば汚い仕方ないと納得できてしまう。
 とりあえず、汚い部屋で食事を取るのは気持ちの面でも衛生面でもよろしくないと思ったので、買い物を終えてまず初めに行ったのは掃除であった。
 窓とドアを全て開けて空気を入れ替えてから、端にあった埃を掃除機で吸い取り、届かない部分は手作業で埃を落とし掃除機でその埃も吸い取った。
 そんな作業を30分ほど行ない綺麗になった我が家に感動を覚えながら、美琴は床に上条はベットの上に座り綺麗になった部屋を見渡した。
「てっきり掃除が出来ないかと思ってたけど違ったみたいだな」
「なに当たり前のことを言ってるのよ。それに寮の部屋は私たちが自分で掃除しないといけないんだから、こんなの日常茶飯事よ」
「ふ~ん。てっきり業者が来てやってくれると思ってたけど違うんだな」
「掃除がまったく出来ない人は仕方ないから雇う人もいるわよ。でもそんなことをする人は滅多にいないし部屋の中を見知らぬ他人に覗かれるのを嫌がる人が多いから、みんな自分でやるのよ」
「なるほどな。確かに見知らぬ人間に部屋に入られて覗かれたりするのは嫌だよな」
 上条の部屋にはインデックスが居候とし住んでいる。今はイギリスにいていないが、いずれは帰ってくる。
 そのインデックスが部屋の掃除をするとなると、不安はあるが上条は任せることは出来る。
 しかし、いきなり見ず知らずの人間が部屋の中に入ってきて、勝手に掃除をしていくのはありがたいが部屋に勝手に上がられるのは困るし何をされたかわからないので気持ちの面でもいいものではない。
 美琴が言ったことを自分の部屋で例えてみて感じたことが、美琴の言っていたこととほぼ一緒だ。ならば業者を嫌う理由は上条にもとてもよくわかった。
「となると御坂の部屋もそうなのか?」
「そうよ。私は大切なゲコ太が部屋にいるし黒子は変態グッズを勝手に探られたりしたら困るって言うから部屋の掃除は自分たちでしてるわ」
 それを言われて上条はとても納得が出来てしまったのと同時に、未だに変わっていない二人の趣味に心の奥で呆れた。
 そして、ゲコ太の名前で上条はずっと忘れていたとても大切なことを思い出した。
「そういえば御坂。お前、あの時俺が落としたストラップ持ってるか?」
 しかし、そのことに触れた瞬間。

「――――――――――」

 先ほどまでほのぼのしていた空気が一気に凍りついた。
「……………みさか?」
 さっきまで笑っていたはずの美琴がいきなり無表情になった。
 そして美琴の表情を見てこの話題がとても重大な話題であったことにやっと気づき、特に気にせずにストラップのことを口に出してしまったことを後悔した。
「悪い御坂。でも、持っているなら返して欲しい」
「……どうして?」
 表情は相変わらず無表情であったが、言葉は違った。
 悲しみ。たった四字の言葉だけだと言うのに、馬鹿に出来ないほどの悲しみが耳から頭に伝わり、胸が苦しくなった。
 同時に、これほどまで苦しめてきていたのだと上条は美琴の悲しみに触れたような気がした。
「必要だからだ」
「どうして…。あのストラップは………切られていたじゃない」
「………」
 引きちぎられたストラップ。そのことで上条は言えることは、何もなかった。
「悪い…」
 ただ悪かったと心の底から謝ることしか、彼には出来なかった。
「悪いじゃ、済まされないわよ。あれは大切な……大切な、ものだったのよ」
「悪い…。本当に悪いと思っている」
「わかってる! わかってるわよ!! アンタがそういう時はどうせ何も言ってくれないんでしょ!!??」
「……………」
 言い返せず何も言えなかった。
 美琴には真相を伝えることは出来ない。それは真実を述べることが怖いのではなく、どんな形にせよあれを捨ててしまったことには変わりがなかったのだからである。
 そんな自分が言えるのは謝罪だけ。これは上条の罪であり、唯一の償い方でもあったから…。
「悪い……本当に悪い」
「だからもういいって!! アンタからそんな言葉、聞きたくない!!!」
「……………」
 美琴は悲しそうな顔をしながら、ぎゅっとスカートを強く握った。
 そんな姿を見た上条は美琴が痛々しく見え、ベットの上から降りて美琴の前に座って両手を広げた。
(…………なにやってるんだよ、俺は)
 だが手を広げただけでそこから先には進めず、行き場のなくなった手は音を立てずに床に落ちた。
 そして自分が今、どれだけおかしな行動をとったかを理解し、結局何をしたかったのかがわからず美琴から逃げるように俯いた。
「なにを……しようとしたの?」
 しかし目の前にいる美琴から目線を外しただけで逃げられるわけもなかった。
「…………わるい」
「そんなことを聞きたいんじゃないの!!! 私は何をしようとしたかを訊いてるのよ!!!」
「……………たぶん、抱きしめようとした、と思う」
 でも何故抱きしめようとしたかまだは自分でもわからない。ただそうするべきなのだろうと思い抱きしめようとしたのはわかっていた。
「……………」
 上条は自分でもおかしい行動だと、自分らしくない行動だと思っている。
 そして美琴にもきっとそのように映っているはずだ。こいつらしくない、おかしい、と。
「なら、なんでやめたの?」
「………なんでそうしようとしたかわからなくなったからだと思う。ただそうしたほうがいいって思っただけで抱きしめようとしたけど、考えてみれば思っただけで抱きしめるのっておかしなことだ」
「そう、よね。………だけど、ここだとそれだけでも十分だったのよ」
 というと、美琴は上条に飛び掛って抱きついた。
「み、みさか!?」
「いいからそのままでいなさいよ馬鹿。それと、私だけ抱きつくのって不公平よ。だからアンタも抱きしめなさい」
「お、おう。わかった」
 言われるまま、上条は美琴を大事なものを扱う気持ちでとても優しく抱きしめた。
 すると美琴はさらに強く上条を抱きしめ返してきて、上条の背中をぎゅっと抓った。
「いてぇ!」
「そんな力じゃ抱きしめられてる気がしないわよ! もっと力を入れなさいよ!」
 力がないと指摘をされたので、今度は少しだけ力を込めてみた。が、それにも不服だったのかまた上条の背中を抓った。
「何にもわかってないんだから! いっそのこと、思いっきり抱きしめなさいよね」
「でも上条さんが思いっきりやってしまうと、痛いと思うんだが」
「痛くてもいいわよ! だから思いっきり、壊してやるって気持ちで来なさい!!」
 全力で人を抱きしめたことがないので、逆に痛めつけてしまう気がして少しだけ怖い。
 しかし、美琴が思いっきり抱きしめて欲しいと言った。だったら、目の前の女の子を壊してしまいそうで怖いけど、望むなら答えなければならない。
 だから上条は頷いて、ごめんと事前に一言だけ謝ってから、人を壊す気持ちで力強く抱きしめた。
「………ッ。………それで……いいわ」
「苦しい、よな。大丈夫か?」
「この程度、大丈夫よ。それに、痛くて嬉しいわよ」
「嬉しい……のか?」
「うん、嬉しいわ。だってアンタが痛いぐらい抱きしめてくれてるってことはアンタが夢や幻じゃなくて、ちゃんとここにいて帰って来てくれてたってことがわかるんだもの」
「御坂……」
「それにアンタに抱きしめて欲しかった。昨日も抱きしめてくれたけどあの時は勢いだったから。だからこうして向かい合って、まあ少しだけ無理やりな気もするけど、ちゃんとアンタの意思で私を抱きしめてくれている。それがすっごく嬉しくて幸せ」
 不意に上条の心臓がどくんどくんと大きな音を立て始めた。
「しあわせ……?」
 どくん…どくん…どくん。
 いつもとは違う御坂美琴。いつもは攻撃的なはずなのに今は素直で、静かで、可愛い。どこにでもいる普通の女の子。
(でも…この違和感は何だ? 御坂だって普通の女の子だって知ってるはずなのに、なんで違和感を感じてるんだ?)
 いつもは女の子らしくないけど女の子だとは知ってはいた。だが、女の子の美琴に感じる妙な違和感。
 そして上条の感じた違和感は、この美琴の発言で確かな形へと変わっていく。
「そうよ。ずっとアンタを、初恋の人を待ってたんだから当然でしょ?」
 美琴に感じていた違和感。それの正体が、愛情。上条が今まで知ることがなかった感情であった。
 そして初恋の人と言われた上条は、
「――――――――――――――」
 思考が真っ白に染まり、何も考えられなくなった。
「これだけでも十分幸せよ。アンタが、ここにいるんだから」
「――――――――」
「……………どうしたの?」
「ほんとう…なのか?」
 考えて言ったのではない。口が勝手にそのように動いたのだ。しかし口が勝手に動いてくれたおかげで、真っ白だった思考が少しずつ色を取り戻し始めた。
「何が本当かはわからないけど、全部本当よ」
「…………………」
「ねえ、本当にどうしたの?」
 上条はゆっくり力を緩めて、美琴の腕を優しく外す。
 そして天井を仰いで大きな深呼吸をすると、御坂と言って美琴と再度向き合った。
「俺のことを初恋の人だって言ったよな? それは本当のことで間違いないんだな」
「え? あぅ………え、ええっと……あ、ぅ…………ぅ、ん」
 真っ赤になりながら美琴は小さく頷いて、視線を真下に向けて小さくなった。
 そんな美琴を見ていた上条は、可愛らしい仕草に一瞬だけドキッとした。同時に可愛いと思った。
「………」
「ど、どうしたの…?」
「え? ああ、なんでもないんだ、なんでも。それよりも」
 可愛いと思ってしまったから美琴にしばらく見とれてしまったが、声をかけられて我に帰り話を続けた。
「それってさ……その、付き合うとか…考えてるのか?」
「…………………」
 何も言わなかったが代わりに小さく頷いた。少しだけではあるが雰囲気になじめて来たようだ。
「そっか…………」
 というと上条は立ち上がって、壁にかけておいたマフラーとコートを取った。それから、悪いと謝ってから、
「少し、一人になりたい。その間に飯、頼む」
 と言ってそのまま玄関へと早足で歩いていった。


 適当な場所を歩いて、適当な時間に上条は自分の部屋に帰った。
 そこにはエプロン姿の美琴が、鼻歌を歌いながら夕飯を作っていた。
「ぁ……お、お帰りなさい」
「ただいま」
 美琴は先ほどのことをまだ引きずっていたらしく、顔を赤くしながらも複雑な表情であった。
 対して上条はいつも通りの態度で接し、先ほどのことを振り切ったかのようであった。だが、内心では様々なことを考え一杯一杯だった。だから挨拶は答えるだけで精一杯だった。
「ご、ごはんはそろそろだから……待ってて」
「あ、ああ」
 冷静なふりをしながらマフラーをかけ終えるとすぐさまベットに転がって枕に顔を埋めた。
(…………やっぱりダメだよな)
 散歩の間に考えた上条の答えは、否であった。
 理由は二つ。
 一つは美琴のことを恋愛対象としてみてこなかった。
 今までずっと上条は喧嘩仲間・腐れ縁程度として美琴を見ていた。その一方で記憶喪失を知る数少ない人物でもあった。
 だが逆に、恋愛対象としてはまったく見たことがなく、むしろ嫌われているとさえ思っていた。
 だから上条は恋愛対象として一切見たことも見られることもないだろうと思っていた相手に、いきなり付き合って欲しいと言われ、すぐには答えられなかった。
 そして今まで見たことがなかったため、すぐに恋愛対象として考え付き合っていく自信は考えた末、上条にはなかった。
(俺がダメなだけだろうし御坂ならその点をどうすればいいか知ってそうだけど………御坂に合わせていく自信もねえ)
 情けないが美琴についていけないのも理由の一つである。
 それから二つ目は、
(それに俺にはまだ…やることがある)
 学園都市には帰ってきたが、それは一時的なものである。
 近いうち、また海外に行くことが絶対にある。それがすぐなのか、インデックスが帰って来てからか、それとももっと先かはわからない。
 しかし、まだ何も決まってはいないがやることはまだまだたくさんある。だから付き合っている彼女を置いて海外に行くのは、想像だけではあるが苦しく感じた。
(付き合ったりしたら離れにくくなるかもしれない。そうなったら御坂にも負担になるかもしれないし、俺も……)
 彼氏と離れる彼女。彼女と離れる彼氏。想像上だけであるが、これが一番辛いかもしれない。
(だけど、もしかしたら御坂と付き合って何かが変わるのが怖いだけかもしれない)
 二つの理由も確かにあるが、一まとめにするとこうなのかもしれないと上条は思った。


 それから瞬く間に時間が過ぎていった。
 そして気づいた時には美琴が帰らなくてはいけない時間になっていた。
「そろそろ帰らないと」
「ああ」
 言葉は相変わらず少ない。話すことがないわけでもなく、先ほどのことでまだ話しずらいだけである。
 だが話しずらいだけで、空気が重くなり雰囲気も悪い気がしてならない。しかし、それもそろそろ終わる。
「それじゃあ、ね」
 と言ってコートとマフラーをして帰っていく美琴の背中を見て、不意に上条は思った。
 このまま挨拶だけすれば、今日のことはなかったことになるかもしれない、と。
「……………ッ! 御坂!!!」
 しかし、それをすぐさま否定し美琴の手を引いた。
(なかったことにしちゃ…いけねえだろう!)
 自分を好きと言ってくれた女の子。それをなかったことにするのは、美琴だけでなく自分すら裏切ることだ。
 それだけは絶対にしてはいけない。
「御坂、さっきのことで言うことがある」
「!!!???」
 そういわれた美琴は先ほど以上の驚きの表情を露にし、上条と目を合わせた。
 そして上条は、美琴と目を合わせながら……言った。

「悪いけど、御坂とは付き合えない」

 はっきりと上条は答えを述べた。だが…。
「でも俺のことを初めて好きと言ってくれたお前のことを振るのは………出来ない」
「どういう、こと?」
 美琴は片手で口元を押さえながら涙を流し始めている。それでも、美琴の目には全てを聞こうとする意思があった。
 だからだろう。はっきりした強さと弱さを持つ美琴のことを、ここに来て愛しいと思い始めたのは……。
 そして、意識が変わったので先ほどの考えを全て捨て思ったことを言おうと、考えを改めて上条は答えを述べていく。
「俺は御坂とは彼氏としては付き合えない。それは俺が御坂のことが嫌いだからじゃなくて、俺がまだ半端な気持ちだから。
 だから俺はお前のことをもっと知りたい。御坂のことをもっと知って、本当に付き合うかどうかを決めたい。それがいつになるかわからないけど、それでもよければ俺に時間をくれないか?」
 先ほどとは違う答えだったが、上条はこの答えにとても満足できた。何故なら自分にとても素直に、思っていたことを全て話せた気がしたからである。
 だから上条は、これが自分の本当の答えだと断言できるし、美琴に何を言われてもそれを素直に受け入れる自信があった。
 そして美琴が、答える。

「……………ありがとう」

「え…?」
 答えは喜び。頷いたり首を横に振ったりするのではなく、美琴は笑顔で答えた。
「そんなの、私に訊くことでもないわよ。むしろ、私にチャンスをくれてありがとう」
 と言って笑顔で頭を下げてきた。
 さすがにそれになんと反応すればいいのか困ってしまった上条は、あ、ああと頷くしかなかった。
「でも俺も御坂に許可がもらえたんだしこちらこそありがとう、な」
「だからそんなの気にしなくてもいいわよ」
「と言われても、あそこまで言ったんだから気に出来ないわけないだろう」
「それも…そうね。クスクス」
 美琴は嬉しそうに笑って涙を拭った。その姿に上条はまたもや見惚れてしまった。
「あ、そうだ!」
 と言って美琴は自分のケータイを取り出すと、片手でゲコ太のストラップを外し上条に差し出した。
「? なんで御坂のなんだ?」
「これをアンタに貸すわ。その代わり、アンタのゲコ太は私が持ってるわ」
 何故そんなことをするのかまったくわからない。
 とりあえず、差し出されたストラップを左手で受け取り、ストラップに何かあるかを確認してみたが以前持っていた自分のよりも綺麗な程度で特に何もない。
「??? これって俺のとまるっきり同じものだろ。なんで御坂のストラップを俺に渡すんだ?」
「はぁ。ロマンがないわよ」
 そういって美琴はポケットに手をいれ、手のひらサイズの小さな巾着袋を取り出した。
「なんだそれ?」
「私のお守り。この中にアンタのゲコ太が入ってるわ」
 何故上条の巾着袋にゲコ太のストラップを入れているのか。話はより複雑になって何をしたいのかますますわからなくなっていく。
「??? 悪い御坂。話がまったく読めないんだが…」
「てっとり早く言うと、しばらくの間交換よ」
「交換? でも、なんでだ?」
「アンタが私と付き合うとき、そのストラップを返して。そしたら私はこの中のストラップを返すわ」
 交換の理由はその説明だけでわかった。だがなんでそんなことをするのか、やはり上条はさっぱりで首をかしげた。
「??? あ、ああ。でも、それに何の意味が」
「はぁ。ロマンのカケラもないわね。要するに、私たちが恋人同士になった時にゲコ太は本来の持ち主に戻してあげる。それが私たちの関係の新たな始まり」
「ああ……そういうことか」
 わかったようなわからないような。まずこれにロマンがあるのかすら、上条にはよくわからなかった。
 しかし、新しい関係の始まりの表す意味での儀式なのはひとまずわかり、とりあえず納得できた。
「アンタ、本当にわかってる?」
「………実はいまいち。でも、俺がお前と付き合うときはお前にこれを返せばいいってことと儀式みたいなもんだってことはわかった」
「もうそれでいいわ。これ以上、アンタに求めても無駄だわ」
 はぁとため息をついて呆れながら美琴は小さな袋をポケットに戻す。それから上条の右手をゆっくり離すと、とんと上条の胸に飛び込んだ。
「うぉ!? み、御坂!?」
「………少しだけ、甘えさせなさい」
 と言って美琴は上条の背中に腕を回した。
「頭、撫でて」
 今にも消えてしまいそうな弱々しい声。甘えたいと言った彼女。こんな女の子のことを知りたいと心の底で思っていた上条が拒む理由はない。
 言われたとおり右手で頭を撫でてあげた。撫でられた美琴は満足そうにふにゃ~と可愛らしい声で鳴くと、上条の胸に顔を埋めた。
「これが、御坂なのか?」
「そうよ。これも私よ。でもこんなことをするのはアンタだけよ」
 それは光栄だなと上条は笑った。同時に、今まで知ることのなかった美琴の姿に触れられたことがとても嬉しかった。
「どうしたのよ?」
「別に。なんでもねえよ」
 頭を撫でながら空いていた左手を美琴の背中に回し、抱きしめ返してあげた。
 こんな子が愛しい。
 不意に上条はそんなことを思ってしまい、馬鹿だなと口だけ動かした。
(惚れてるじゃねえかよ。でも時間はまだまだあるんだ。焦られなくてもいい、よな?)
 そして上条当麻と御坂美琴の真の物語は始まった。

<fin>



あとがき

・分割した理由
今回の話は元々、『彼女は切ない歌を唄った』とセットで一つの作品の予定でした。
でも、22巻ネタで書いてみたかったので分割。
このときはあまり深く考えていなかったのですが、出来上がってみると二作の作風が別れていたので、最終的には分割して正解だったと思いました。

・キーワード
今回、作品の中でいくつかキーワードをいれて書きました。
キーワードは
『学園都市に帰ってくる上条』
『ゲコ太ストラップの結末』
の二つです。
前者は22巻の流れを継いだまま、いけばいいと思いシリアスに。
後者はほのぼのとシリアスを織り交ぜて、綺麗に仕上がりました。

・彼女は切ない歌を唄ったについて
話は22巻から引き継いだのでシリアス。
上条さんがまだ学園都市に帰って来ておらず連絡が取れていない設定だったので、話は美琴のことを中心に展開。
美琴は表面上では元気に見せ、内面では未だに立ち直れず。ずっと鬱になっているのもいいと思いましたが、それだと原作にあった美琴の精神面での強さが薄れてしまう気がしたので、このような感じに。
二ヶ月以上と書いて曖昧にしたのは、これからの原作の時系列を配慮しての設定。それとifなので、上記での美琴の強さを生かす理由にもなるため。
美琴の『歌』の部分は、とにかく内にある上条への想いを切なく書きました。これはシリアスにした理由の一つであり
、美琴の上条への想いを書きたかったので。
最後の再会は、よくあるお約束。でも、明るく再会したりするよりも感動があるかなと思い、この展開にしました。

・彼は愛しい歌を唄ったについて
戻ってきた上条の翌日の物語なので、雰囲気をほのぼのにして日常の雰囲気を出すことにして始めました。
不幸は上条の日常のワンピース。なので、不幸を最初に持ってきて日常の上条らしさをより出しました。
美琴は、女の子らしさを出そうと思い、電撃の挨拶ではなく後ろから服を引っ張っての挨拶。でもツンツンは直さず、美琴らしさは残す。
それからは二人の会話。日常らしさをここでよりだす。
ゲコ太の名前で雰囲気を変えたのは、22巻での影響が大きいかなと思ったから。それにほのぼのしながら話せる話題ではなかったので、ここでシリアスに。
そこから溜まっていた美琴の感情を爆発させてデレさせる。そして告白。告白を出すならここだと思ったのでw
上条が答えを見送ったのは、リアリティーを出すため。リアルでいきなり好きですなんて言われて好きですなんて言い返す人なんて、ほとんどいませんもん。
それから上条の考えを書いて、最終的な結末は両思いだけど付き合わず。付き合せないのは最初に決めていたことです。何故ならそちらの方がリアリティーが出せますし、上条さんが恋愛を自分で考えて出した結論だと上条さんの恋愛の意思を出したかったからです。
あとゲコ太の扱い方は、二人の再会を意味するよりも新たな始まりにすることで、より強い意味を出せるのではないかと思ったので、あの扱いに。ちなみにこの部分を納得の行く形で書けただけでも十分満足でしたw

と、まあ自分なりに考えるに考えて作りました。
ですが甘い設定なども多いです。それをよりなくし納得のいく設定を作れるように日々、精進します。
ちなみに、この二作品は自分の思い描いたものを全て出せた気がしたので、出来にとても満足しています。こんなこと、なかなかない貴重な作品でもありましたw

では、また次回作があればそちらでw
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2010/10/15 01:15 | 禁書

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