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2025/05/14 14:05 |
水の中で甘えて
上琴が一緒にプールに行く。
完全に夏のネタだけどそんなことを気にしたら負けですwwww



 補習の期間も夏休みの宿題も無事に終わった八月のある日。
 今日の気温は相変わらずの猛暑。昼間は無駄に元気な太陽のおかげで外を歩くだけで汗が自然と流れてきてしまう。さらに今月の最高気温を記録した今日は、あまりの暑さで倒れた学生が何人かいたらしいとの噂にも納得が出来るほど暑苦しかった。
 それは今現在、夜になったこの時間帯でも健在で不幸にもエアコンが壊れていた上条の部屋の温度は軽く三〇度を越えていた。
「暑い…いやここは熱いと言うべきか」
 記憶を失ってから二年目の夏休みを不幸とともに仲良く過ごす上条は、現在は一人暮らしの身であった。
 居候のインデックスは今は第七学区にある教会でステイルと神裂と共に暮らしている。だが週に何回かは上条の部屋に来て、夕食を共にしたりと食生活は居候時代が少し軽くなった程度だけであった。
 それでも、毎日食べさせていたあの頃よりもかなりの余裕が出来ているので文句は言えなかった。ただ、来るたびに必ず頭に噛み付くのだけには文句を言っているが。
 さて、夏もあと数週間に迫った蒸し暑いの午後七時。自分で作った夕食を食べ終わり食器を片付けようとした時、不意に上条の携帯電話から聞きなれた着信音がバイブレーターの振動と共に耳に入ってきた。
 上条は食器を片付けようとした手を、携帯の方向へと向けて携帯を開くと、画面には『御坂美琴』の文字が浮かび上がっていた。
「こんな中途半端な時間にどうしたんだ?」
 いつもなら余裕が空く九時ごろに電話をかけてきたりメールをしてきたりする美琴が、今日になって夕食を食べていたかもしれない時間帯に連絡をしてくるとは珍しい。急ぎの用事でも出来たのかと、電話の意図を考えながら上条は電話に出ると。
『こらーっ!! どれだけ待たせるんだーっ!!』
 お怒りのお嬢様からの不機嫌なお言葉を頂いた。それと同時に上条は癖で不幸だと呟いた。
「あー御坂。残念なことに上条さんはこれからお風呂に入らないといけないので、電話を切らせていただきます」
『そんな理由で電話を切るな! それにまだ私は何も話していないでしょうが!』
「上条さんは用はございません。というかお前がこの時間に電話をかけてくること自体、不幸な香りしかしません」
『まだ何も言ってないのに勝手に不幸なことに結び付けるんじゃないわよ! それよりもアンタ、暇よね?』
「暇じゃありません。今日はこれからお風呂に入ってすぐに寝ようと思っております」
『そんな意見は却下よ却下。それよりも、今すぐにいつもの自販機に来なさい。い・ま・す・ぐ・よ!』
「はぁ? なんでそんな場所に」
『来なかったらアンタの部屋調べ上げて、朝一番にアンタの部屋の外から超電磁砲を撃つけど?』
「わかりました行かせてもらいます! だから上条さんの住む場所を奪わないでくれ!!」
『よろしい。んじゃ、待ってるわよ』
 上条を無理やり頷かせると美琴は何事もなかったかのように電話を切った。だがいきなりの呼び出しには絶対に何かがあると予感した上条は、切れてしまった携帯の画面を見ながら肩を落とした。
「で…何をするんだ?」
 一番重要なことを訊きそびれてしまった気がしたが、これも一つの不幸だろうと決め付けた。
 上条は洗おうと思った食器を流しに放り込むと、気乗りしないが携帯と財布をポケットに突っ込み部屋の電気を消した。最後に玄関の鍵を閉めてポケットに鍵を入れるとエレベーターへと向かった。


 自販機についたのはそれから一時間後の八時であった。
 普通に歩いてくれば三〇分もかからない道のりであったが、不幸体質の上条が無事に待ち合わせ場所に到着できるはずもなく、様々な不幸(イベント)に振り回された。
 当然、家を出た時綺麗であった洋服も不幸のせいでいくつか汚れが目立ち、体中からは暑さと疲れの汗で全身がべったりしていた。
「いつも思うんだけど、無事に待ち合わせ場所に来るってことぐらい、アンタには出来ないの?」
「それが出来れば苦労しませんよ。ああー不幸だ」
 度重なる不幸を体験する羽目になれば、気持ちが沈むのは当然のことであった。
 さらに、これから美琴と何かに付き合わされるのは確実であった。きっとそこでも不幸があるのだなと、すでに次の不幸が起こることが予想できていたので、さらに気持ちが沈んだ。
 だというのに追い討ちをかけるように、美琴はだるそうな顔をしている上条に雷撃の槍を放った。
「うおっ! こらこらこら! いきなりビリビリしてくるなと何度言えばわかるんでせうか?」
「うるさいわね! 時間に遅れたアンタが悪いんでしょ!」
「Why!? いつ待ち合わせの時間が決まっていたんですか!?」
「あ~もう! 男ならぐちぐちと無駄口を叩かない!」
 言わせてるのは誰だと思いながら上条は美琴をジト目で見るが、美琴は気づいていないのか何も言ってこなかった。
 と、そこで上条は美琴の片手に小さな手提げがぶら下がっていることに気づいた。同時に何をするんだか聞いていなかったことを思い出した。
「それで、こんな夜に呼び出して何の用だ?」
「えっ…!? あ、ああ。そ、そうだったわね。用ね、用!」
 まるで今思い出したかの言い方に上条は忘れてたのかよと、呼び出しておきながら本題を忘れていた美琴に呆れた視線を向けた。
「何よ、そんな目をして。言っとくけど、忘れてたわけじゃないんだからね!」
「ああそうですか」
 いかにも忘れてましたという言い方に棒読みで返す上条。もちろん、馬鹿にされているように思えてしまう上条の態度に美琴は黙っているわけもなく、前髪から雷撃の槍を飛ばして、それを右手でいとも簡単に防いだ上条を脅かせた。
「何か言うことは…?」
「ごめんなさい、御坂様」
 上条はその場で土下座をして、間違った態度を取ってしまったことを謝った。
 それに満足したのか、美琴はよろしいと言うとほらほら立ってと今度は土下座をさせた本人が上条を立たせた。
「はぁ~不幸だ」
「何が不幸なのよ。この程度のこと、アンタからすれば不幸の内に入らないじゃない」
「年下の中学生二年に土下座をさせられることを不幸と思わなくなったら、上条さんの不幸基準はさらに酷くなりますよ。それとも何だ? 御坂はこの程度を不幸ではなく幸運であると思うべきとか言うのではないでせうかねぇ?」
「いくらなんでもそれを幸運に思うやつなんて相当のマゾぐらいよ。ま、アンタがその口だったらそう思うのもいいと思うけどね」
 勘弁してくれよと上条は重たいため息をついた。
 不幸体質だと言っても毎回起こる不幸なイベントを快感と思えてくるほどのマゾになった覚えはなかった。というよりも、上条自身マゾになった覚えは一切なかった。ならばサディストかと言われたらそれも違う。
 しいて思うなら、マゾとサドの中間あたりが自分の立ち位置だと思っている。だがそれが本当かどうかは本人も実はまだわかっていなかったりする。
「というか話が脱線してませんか? こんな夜遅くに公園で世間話をするのがダメってわけじゃねえけど、ここに呼び出されたのはそれのためじゃないんだろうし、そろそろ本題に入って欲しいのですが」
「ほ、本題……本題、ね」
 どこか本題に入るのを嫌がっているような言動に、上条は?を頭に浮かべた。
 一体何のためにここに呼んだかよりも何をする気なのか先の見えない何かに上条は、このまま黙っているか何か言うかのどちらかが正しいのだろうと何をすればいいかの選択肢を用意することは出来ていたが、今はそれを選ぶのを躊躇した。
 その理由はこれは美琴から言わせたほうがいいことだろうと何故だか思えたからであり、上条自身が決めかねているわけではなかった。
「そ、そうね。時間もなくなっちゃうし本題に入りましょう」
 と言って美琴は腕を組んで言った。
「実はさ、プール一つ借りたの。そ、それで……ひ、暇でしょ? 一人だとつまらないし、ちょっと…つ、付き合いなさいっ!」
「…………………………はい?」
 上条は予想以上に曲がった変化球に絶句するしかなかった。


 第六学区は遊園地やプール、屋内レジャーなど学園都市のアミューズメント施設が集中した学区である。
 もし別の学区に遊びに行くとしたら、まず必ず思い浮かぶ学区であり文字通り様々なものがある学区なので、今のような長期休みには行く者も数多くいる。
 しかし貧乏学生の上条は余裕がない限りは行けないので、今日までは行かない派の人間であった。だが今日を持って行かない派から行った派に変わることとなったのだと思うと、上条は少しだけ貧乏だったことを忘れてることが出来て幸せであった。
 さて。美琴の借りたと言うプールであるが、ここで借りたとなれば娯楽施設内の遊べるプールだと思うのが一般的な考えだ。
 他にもスポーツジムやホテル内のプールなど、様々なことを考えられるがここは第六学区ということもあり、その考えは少し論点がずれている考えであった。
「…………でけえ。けどなんか違う」
 だが実際は少しずれた考えがここでは正解であったのだ。
 美琴が借りたと言うプールとは、第六学区内にある人気ホテルの地下にある屋内プールである。
 特徴としては温水で形はほぼ正方形に近い形である。深さはそれなりに深く小さな子供よりも大人向けの水深であり、大きさは上条が言った通りかなり大きかった。
 しかしこのプールの一番の特徴は今あげたものとは違い少々別のものであった。
 これは上条が美琴から聞いた話だが、なんでもこのプールはとあることを満たした宿泊客にのみあげている特別なチケットがあると言う。
 その特別チケットの内容はと言うと、レストランのフルコースがタダ・一ヶ月間宿泊料金が無料、など一般庶民のみならずお金持ちにも嬉しい豪華すぎる特典のチケットなのだが、その内容の中にプールを一日貸切というものがある。
 実は美琴はこのチケットをとある経由で入手し、昼間はパートナーの白井と友人の初春、そして佐天の四人でこのプールで遊んだらしい。
 しかしこのチケットに書かれたとおり貸切の期限は日付が変わるまで。なので夜、暇をしていた美琴はその時間も有効に使おうと上条を呼んでここに連れて来た。
 それが美琴が上条に話したここへ連れて来た経緯である。
「プールを一日貸切……学園都市ならではなのか、このホテルならではなのかわかんねえな」
 今までそんなチケットが存在するなんて話、聞いたことねえよと上条はそんなチケットが存在している事実に疑問を持った。
 しかし来る途中にも張り紙に書いてあったのだが、どうやら本当に存在しているらしい。
 不幸な上条にはそのような幸運な無縁の話であるが、あるのなら実物を見てみたいなと少し興味はある。だが美琴は貸し切る時に従業員に渡してしまい持っていないと言っていたので、上条はそれを見れる唯一の機会はもうなかった。
 そのことを思い出すと少し残念であるが仕方ないと、うまくいかなかったことには慣れていたので立ち直りは早かった。同時にあることも思い出したので、立ち直りが早かったのだ。
 そのあることはというと……。
「それにしても遅いな御坂。女の着替えってこんなに遅いもんなのか?」
 上条は大きなプールに向けていた視線を、美琴が出てくるはずの女子更衣室の出口の方向へと変えた。
 上条がプールサイドに来てすでに十分以上の時間がたっているが、美琴はまだ姿を見せる気配はなかった。
 上条と美琴はそれぞれ更衣室に入った時間は同じ。ならば上条の着替えた時間と待ち時間を足せば、もう出てきてもおかしくないほどの時間が流れている。だというのに美琴が出てくる気配は未だなく、上条はおせえなと腕を組んで更衣室の方を見続けていた。
 ちなみに、上条の水着は来る途中にあった二十四時間営業のスポーツショップで買った安物も水着で美琴に買ってもらったものだ。
 一応寮に帰れば水着はあったのだが時間がもったいないということで、結局このような形になった。
「お、お待たせ」
「おう。遅かったな」
 と、やっとここで長い時間をかけて水着に着替えた美琴が女子更衣室からやっと姿を現した。
「ど、どう…かな?」
 片手にタオルを持ちながら、自分の水着を上条に見せながら言う。だが上条はどうって…何がだ、と首をかしげた。
「だから、に、似合うかよ」
「まあ、似合ってると思いますけど、それってスクミズってものじゃないでせうか?」
 上条の言う通り、美琴が着ていたのは常盤台指定のスクール水着で一般的な水着ではなかった。
「!!?? 別にいいじゃないの!! 文句あるの?」
「いやねえけど、こういうのってスクミズでじゃなくて普通の水着で言うもんじゃないのか?」
「うるさいわね! 今日はこれしかなかったのよ!! それと細かいことを気にするんじゃないわよ」
 美琴は細かく考えているのかもしれないが、上条からすれば細かくはないことであった。
 むしろ常盤台指定のスクール水着を着てきて似合っているかを訊くのは、今更のような気がしてならなかった。
 しかもここは二人だけのしかいないプール。周りの目を気にして恥ずかしがることはないというのに……とその周りの目には自分も含まれていることも知らず、上条は思った。
「それとも何? アンタは私の普通の水着で着て欲しかったの?」
「どう…だろうな。別にって思ってはいるんだけど、少し裏切られたような……でも結局はどっちでもいいかなと」
「何よ、それ。はっきりしなさいよ」
「はっきり、ね。まあ少しは期待してたから残念だとは思ったけどな」
「そう………………………私の根性なし」
 美琴は上条に聞こえないように小さく呟くと先にプールへ飛び込んでいった。


 上条の運動神経は一般男子よりも何段階か上である。
 そのことは、科学・魔術の両方の事件に関与し、怪我をしながらも生き延びていることから十分に理解できることである。また不幸を回避し続けているので、自然と身体能力が良い傾向に伸びていくことも運動神経がいい理由の一つである。
 もっとも、そのようなことで運動神経がいいと判断されていることは上条には不本意なことには違うないが一応事実なので仕方のないことである。
 さて。運動神経がいいということは泳ぎも上手、と思われがちかもしれないがそれは間違えである。
 その理由は金槌であったり、水が怖かったり、授業を受けていなかったりなどの理由ではなく、もっと単純なことである。
「アンタって意外と普通ね」
「意外とってどういう意味だよ。別に意外でもなんでもないだろう」
 まず初めに軽く100mを泳ぎきった上条は一緒に泳ぎきった美琴の言った通り、泳ぎはとても普通で上手でもなければ下手でもなかった。
 どこにでもいる普通の高校生がプールで100m泳いだ。それ以外の何者でもないのが上条の泳ぎである。
 そのことに美琴は驚きの表情を浮かべ、一方ではいい意味で予想外であったことに安心していた。
「てっきり私はアンタが泳げなくはないけど、泳ぎがダメダメだと思ったわ」
「なんでそうなってるんだよ。というか、俺がいつ泳げないなんて言ったんだ」
「言われてみればそうね。でもちゃんと泳げて安心したわ」
 一体何に安心したんだよとツッコミを入れながら、上条は少し曇ったゴーグルを外してプールの水で曇りを洗い流した。
「それよりもお前。隣にいながらずっと俺を見ていたのか?」
「べ、別にいいじゃない! 私にとって見ればこれぐらい準備運動のようなもんなんだし…」
 息を切らさず規則正しい呼吸をしている美琴は余裕の表情で、なんでもなさそうに言った。
 その一方で上条は、軽めと言っても少し長いように思える100mの距離を泳ぎきったことで少しだけ呼吸が乱れていた。
「でも準備運動がてらに100mってのは今までやったことがなかったから、少しきつかったな」
「そう? 常盤台の授業だと最初は100m以上泳いで身体を慣らしてから授業だから別にきつくもなんともないわよ」
「どんな準備運動だよ。でもそれじゃあ金槌の人なんかいたら大変じゃ」
「いないわよ、そんな人」
「は…?」
「金槌でも1年の間に泳げるようになるから、3年になれば金槌のかの字も見つからないほど上手に泳げるようになってるわよ。常盤台ってのはそういう学校なのよ」
 よく考えてみれば美琴の言うことは真実味が強かった。
 常盤台と言えば学園都市内でも5本指に入り、世界からも注目されるエリートお嬢様学校である。その常盤台なら金槌を1年の間に泳げるようにすることも朝飯前であろう。
 基準が他とは大きく違いすぎている学校だからこそ、美琴の言ったことにすぐに納得が出来てしまう。常盤台の基準、恐るべしである。
「改めて思うが常盤台の世界って違いすぎる。しかもその常盤台のエース様がこんなビリビリしたやつだし、常盤台は未だにわからねえな」
「こんなビリビリしたやつって何よ!!! それとビリビリじゃなくてちゃんと名前で呼びなさいよ!!!」
「へいへい、悪うございました御坂さん」
「なんかムカつくわ」
 謝罪の態度とは逆の態度を取る上条を美琴は不機嫌な表情でキッと睨む。
 それを上条は持ち前のスルースキルで睨みを回避すると、んじゃあと言って水に潜って壁を蹴る。そのまま蹴った勢いに乗って水の中で体勢を整え、対の壁の方へとクロールで泳いでいく。
 それを横で見ていた美琴は、こら待ちなさい! と叫びに近い大声で文句を言うと、上条を追って美琴も壁を蹴って上条の背中を全速力で追っていった。


 しばらく上条と一緒に泳いでいた美琴であったが、ふと動きが重くなったような気がしたので上条に一言休むと言って、プールサイドに上がり壁際にあった何人がかけのベンチに腰をかけた。
 上条と一緒に泳ぐ前もここで友人たちと泳いでいたので、さすがに疲れがたまってきているのだろうと重くなった原因を自己分析をしながら、肩の力を抜いてリラックスしてプールを見た。
 その視線の先には上条が一人でゆったりと泳いでいる。決して速くもなければ遅くもないマイペースなスピードで、手と足をきっちり伸ばして泳いでいた。
 今日泳いでいてわかったが、上条はクロールで泳ぐのが得意なクロール派と平泳ぎで泳ぐのが得意な平泳ぎ派のクロール派にあたっているようだ。
 一応、平泳ぎのほかにも背泳ぎとバタフライでも泳ぐことが出来るようだが、好んで泳ぐのはどうやらクロールのようで割合からもクロールで泳いでいるときが多い。
 現に上条は今もクロールで泳いでいる。形は常盤台の生徒たちと比べると美しいものでもないが、一般の範囲内で見れば立派なクロールの形であるので特には気になる部分はなかった。
 それに美琴は上条に指導しにきたわけでもないので、そのことは見ていて思った程度だけのこと。それをただ分析しただけであった。
 ちなみに美琴の泳ぎはと言うと、生徒の中で飛びぬけて…とは行かず、普通よりも少し綺麗なフォームで泳ぎ、少し速い程度なので泳ぎに関しては上手な程度である。
 それでも常盤台のエースと呼ばれた美琴の周りでは、自分の泳ぎっぷりが何故か美化されてしまっている。そのことを鮮明に思い出すと少々頭痛に悩まされそうだったので、思い出すのはその一瞬だけにとどめた。
「………」
 様々なことを考えつつも上条の泳ぎだけは決して目を離さずに見続ける。
 ふとスポーツ選手の応援でもしているように思えてきてしまい、ただ泳ぐだけの上条をおかしな気持ちで見ていた自分が段々恥ずかしくなってきた。
 でも一人で泳ぎ続ける上条から視線を逸らせない。いや、逸らしたくなかったのだ。
 どこにでもいる普通の学生が普通の泳いでいる光景。
 文字にすれば本当に普通であるが、美琴は"普通の学生"が"好きな人"に文字を変えていたので、書かれた文字とは別の意味を持ち、それが逸らすことの出来ない原因になっていた。
 そしてそのことに薄々気づいておりながらも、美琴はそれに手を加えることは一切せず、ありのままを受け入れる。
 これも、好きな人を見ていたいと思う恋する乙女の小さな願いからである。
「はぁ~。私も重症だわ」
 恋の病とはまさにこのこと。どんなことであっても彼に姿を目を離していたくないと思ってしまう一途な乙女には、恋の病は相応しい言葉であろう。
 もっとも、今の美琴の場合は恋の病以上のことになっているかもしれないが、それがどうかを知る人物は美琴の友人たちと妹達だけである。
(ま、今に始まったことじゃないんだけど…)
 去年から好きだった自覚はあったため、先ほどの皮肉は今更な気がしてならない。だが参っているのは事実なので、今言っても問題はなかった。
 それよりも問題なのは時間がたつごとに深刻になっていくこの症状をどうすれば治せるのかが問題である。
 だが一応、一番手っ取り早い方法は美琴も心得ている。が、同時にそれは素直じゃない美琴からすれば一番難しい方法でもある。
(もっと素直になれればなー………こ、告白ぐらい楽にできるのに…)
 単純な話で言えば、上条に自分の想いを告白さえすればいい。それで恋の病は大体治まるし、美琴の上条への悩みも解決する。
 しかし複雑な話で言うと、美琴はどのようにして上条に告白し、どのようにして素直になれればいいのかが大きな問題である。
 単純ゆえに複雑。簡単ゆえに難しい。
 それが今なお続く美琴の恋愛事情であった。
(アイツほどじゃないけど不幸だわ……ん?)
 ふと顔をあげてプールを見たときに美琴は気づいた。
「あれって…溺れてるの?」
 冗談でしょと一瞬思ったが、ばたばたともがくかのような動きはどうやら冗談ではないみたいだ。
「って、なんでこんなところで溺れられるのよ!!??」
 このプールは普通のプールより高級だ。なので、普通のプールにはないシステム、例えば誰かが溺れそうになったら強制的に水を減らし溺れるのを防ぐ溺れ防止のシステムを備えている。
 だというのに、それが作動せずに溺れてかけていると言うことは…。
(まさか、あいつの不幸!?)
 それ以外にシステムが作動しない原因と上条ほどの人物がプールで溺れそうになっている原因は見つからない。
 現実でそんなことがあるのかとツッコミをしたくなったが、それを現実にしてしまうのが上条の不幸だ。
 そしてそれはいついかなる場合でも起きてしまい、どのようなことが起きるかは美琴だけではなく上条にも理解できなかった。
(こうしちゃいられないわ! あいつを助けないと!!)
 全てを理解した後の美琴の判断はとても早く適切だった。
 すぐさまプールに飛び込むと、全力で上条の元に駆けつけばたばたをもがいている右手を掴んだ。
「ほらっ! この手に捕まって! それから暴れないで落ち着きなさい」
 美琴の冷静な言葉を聞いた上条は、美琴の言われたとおり手を掴むとばたばたと動かしていた手と足をゆっくりとした動きに変化させた。
「ごほっ……ごほごほ! た、助かったー」
「何のん気なこと言ってるのよ。ほら! このまま上がるわよ」
「そうだな……」
 美琴の誘導の元、近くのプールサイドに上がった。そこで美琴は両足を痛そうに引きずる上条を見て、溺れた原因の一つを理解した。
「アンタ、片足じゃなくて両足を攣ってたの?」
「ああ。泳いでる途中にいきなり」
 痛そうに足を引きずりながら上条は近くのベンチにつくと、片足の足首をゆっくりと回し始めた。
 その横に美琴は座って、ふぅーと小さな救出劇が終わったことに安堵の息を吐いた。
「でもそれだけで溺れそうになるのかしら?」
「いきなりだったから慌てちまったんだよ。それにプールの一番深かったところだったから、上手く足がつかなかったんだよ」
「ああ、それでか。でも、それでも溺れる要素は不十分な気がするけど」
「あとは俺の不幸が重なったりしたんだろうな。不幸だ」
 状況分析が出来ているらしく、上条は美琴の質問にあっさりと答えて溺れた原因を結論付けた。
 これも不幸を経験してきている上条だからこそ、すぐに結論付けられたのだと思うと美琴は今の不幸は笑えなかった。
「アンタってさ、さっきみたいに命の危険に晒されるかもしれない不幸を他にもたくさん経験してるの?」
「そりゃあ不幸体質の上条さんですからたくさんありますよ? でも不幸だから回避のしようがありませんよ」
 さらっと言う上条の言葉には、経験者が語る真意がこもっていた。
 不幸だから経験した数々の危機。上条が危険をおかして誰かを救うときの危機だけではなく、日常生活にもあった不幸という名の危機。
 上条は不幸の危機をどのように感じ、どのように回避してきたかは美琴にはわからない。だが…。
「アンタは…それでいいの?」
 何があるかわからないというのに、それをさらっと言ってしまう上条を美琴は放っておくことなど出来なかった。
「いつも誰かを助けに行ってボロボロに帰ってくる。一歩間違えれば死ぬかもしれないってほどの傷を負ったりして」
「それは……仕方ないから」
「でもそれだけじゃない。アンタは不幸だからって今みたいに手遅れだったら命に関わるかもしれないことがあった」
「ま、まあ。これが上条さんですし」
「わかってるわよ、わかってる。それがアンタだもんね……………でも」
 誰かのために傷つくのも不幸で事故に巻き込まれて傷つくのも、どちらも上条当麻なのは美琴にはわかっていた。
 それでも美琴は上条に思ってしまう。無理なことだけど願ってしまう。
「少しぐらい自分を大切に出来ないの? 誰かのためでも不幸でも、何かしようがあるんじゃないの?」
 言っていて何を言ってるんだろう? と自分に呆れてしまうことを言ってしまった。
 でも、どうしても言っておきたかった。それは上条が好きだからではなく、純粋に無理はしてほしくないと思う優しさとおせっかいからであった。
「………ありがとな」
 それに上条は笑ってお礼を言った。
「そんな風に心配されたのってお前が初めてだよ。しかも、まさか御坂からそんな言葉を聞くなんてな」
「わ、わたしだって……しんぱいぐらいは」
「でも何故かすごく嬉しかった。科学の生活でも魔術の世界の両方を心配してくれる人がいてくれるってことが」
「……………」
 そういった上条の表情は満足感に満ちた笑顔であった。
(馬鹿………なんでそんな顔をするのよ)
 文句を思うが、実は美琴はそのような表情を浮かべた上条に見惚れた。同時にこれ以上は何も言うべきではないと思った。
(そんな顔されたら何も言えないわよ。もっと色々文句を言ってやろうと思ったのに、あの馬鹿)
 でも悪いものではなかった。
 不完全燃焼な部分は確かにあったが、それ以上に満足感に満ちた笑顔を浮かべた上条を見れたことがとても大きかった。
「それじゃあ、着替えるか…この足だともう泳げないし、俺も疲れたからな」
「え……あ、うん。そうした方が……いいわね」
 そして、短い時間はいきなり終わりを告げた。


 更衣を済ませた上条と美琴は黒い夜の帰り道を横に並んでゆっくりと歩いていた。
「足の方はどう?」
「まあまあだな。この程度なら寝れば治る」
 まだ上条の足は完全ではないので、美琴が少しペースを落として歩いている。
 痛みはまだかすかに残っているようで、両足を引きずっている。それでも痛くなさそうに歩こうとしているのは美琴を心配させないようにしている上条の心遣いだった。
(ばればれだっつうの。馬鹿)
 無理しなくてもいいのに無理をしていないようにする上条の態度に、少しだけイラッと来たが言っても多分やめないだろうし白状しないのだろうで聞いたりするのはやめた。 その代わりに。
「痛かったら言いなさいよ。肩ぐらい貸すわよ」
「サンキュー御坂」
(………やっぱり言わないんだ。馬鹿)
 心遣いを素直に受け取らずに意地を張る上条の態度は、わかっていたがイラッとしてしまう。
 信頼されていないわけではないのではなく、信頼されているから美琴に弱い部分を見せたくない。そして意地を張って一人で全部抱え込む。
(こいつの悪い癖よ。むしろ甘えてもいいのに…)
 上条は誰にでも優しい。だが、優しすぎて逆に不安になる。
 誰にも頼らず、なんでも一人でこなそうとしてしまう。余計な人を巻き込みたくない一心で、他人に気を遣い自分に気を遣わない。
 助けを呼べばいいのに。迷惑だって思わないのに。
 だけどその声は上条には届かない。もちろん、何度も頼って欲しいと言った美琴の声も上条には未だに届いていない。
「………なんでよ」
「は…?」
「なんで……甘えないのよ」
 辛いなら甘えてもいい。上条を責めたりしないし、むしろ甘えて欲しい。
「アンタはいつもそう。意地張って嘘ついて一人で全部背負い込む」
 これは美琴のわがままだ。
「それを見ている私の気持ちを考えたことがあるの?」
 素直になれない子供の。
「アンタは全部一人で背負って耐えて解決して満足なのだろうけど、見ている私はアンタが」
 でも胸の中にある熱く狂ったかのような感情だけは。
「心配で心配で仕方ないのよ!!!」
 大人の感情だった。
「……御坂」
「アンタは弱くてもいいのよ。いつまでもいつまでもそんな強くなくてもいいのよ」
「……………」
「その性格を今すぐ直しなさいなんて言わない。でもいつまでもそんなに強いふりをしてたらアンタは―――」
 しかし、その先は突き出された上条の右手のひらに止められた。
「ありがとな、御坂」
 そして上条はうれしそうに笑って、右手を引いた。
「お前が俺を心配してくれてたなんて思わなかった。てっきりまだ嫌われているかなーって思ってたから嬉しかった」
「な、何よいきなり。嫌いだったらこんなに長く付き合ってないわよ」
 それもそうだなと上条は苦笑いした。
 だが上条がこの時に笑ったのは長く付き合ったことに対してではなく、違う何かだったことに美琴は苦笑いを浮かべた表情から感じ取ったが、何に対してだったのかはまだわからなかった。
「でも俺は大丈夫だ。上条さんは易々とギブアップしてしまうほど柔じゃないですよー」
「……………」
「それに御坂から心配されてるってわかって、少しだけ癒された」
「………なによ、それ」
「ははは、上条さんにもよくわかんねえ。でも嘘じゃねえ。本当に癒された…そんな、気がした」
 そしてやっぱり嬉しそうに笑う上条。そんな表情でこんなことを言われてしまったら言い返すのは上条に悪かった。
 結局、いつも通りの上条はいつも通りの答えを返しいつも以上に喜んだだけだった。
「アンタって、本当に馬鹿ね」
「よく言われる。でも俺は俺だから。記憶があってもなくても………」
 でも全て悪いことだけじゃなかった。
 こうして二人で遊べて本音を言いあえて仲が深まっていく。今はまだ美琴の望むものとは程遠いが今日はそれでもいい。
「だけど甘えたくなったら甘えなさいよね。いえ、むしろ私に甘えなさい!」
「はぁっ!? いきなり何を―――」
「今日のプール代よ。それぐらい安いでしょ?」
「ちょっと待て! あれって親切で払ってくれたわけじゃねえのかよ!?」
「当たり前じゃない。元々、アンタに取引をさせるために用意したものよ。当然じゃない」
「そんなことを当然にされていたんですか!? 上条さんはそんなこと、知りませんでしたけど!!!」
「それはアンタが悪い。んじゃ、そういう事で。でも…あ。水着代もまだ残ってるわね?」
「待て待て待て!!! 確かに払ってもらいましたが、あの時は仕方なく」
「問答無用よ。さ~て、何をしてもらおうかしら~ふっふっふ」
「ああもう!!! 結局最後はこうなるのかよ!!! 不幸だーーー!!!!」
 それだけで満足だった。 

<終わり>
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2010/09/11 00:42 | 禁書

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