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2024/05/19 01:39 |
三ヶ月以上
『三ヶ月』の続きです

*『四ヶ月半のピードロ』シリーズ


 気づけば夜になっていた。
 いや、正確には『ようやく落ち着けた頃には』が正解だ。
 あの後、本当に酷い目にあった。
 具体的なことはこちらの事情により省略するが、今回の件で俺は大切な何かを失ったのは確実だ。
 それは、助手も同じであろう。
「で? いつまで涙で枕を濡らす悲劇のヒロインを演じているつもりだ?」
「演じとらんわ! それどころか泣いてもいないしこれは枕ではないわ!」
 物の喩えだ。もっとも、今の紅莉栖にそんなことを言っても通じないのは俺が一番よく知っている。
「被害者は俺とお前だ。一人だけ被害者面するな」
「うるさい! 元はといえば、あんたが始まりじゃない」
「ぐっ! そ、それを言うか。クリスティーナよ」
「だからクリスティーナじゃないと言っとろう」
 正直、まさかここまでひどいことになるとは思わなかったのでそれに関しては申し訳ないと思っている。
 だが、昨日のことを否定されるような言い方は少々傷ついたので、少し仕返しをすることにしよう。
「ほう。ならば助手は俺のことを抱きしめたことを否定するのか?」
「そ、それは……あれは」
「俺の匂いをくんかくんかと嗅いで、一人で興奮していたHENTAIっぷりを否定するのか?」
「当たり前でしょう! というか、岡部の匂いに興奮なんてしとらんわ!」
「本当か? 俺を抱きしめたとき、クンクンしたりしてなかったか? 俺のマッド・サイエンティスト臭に弱なかったか?」
「どんな匂いだ、どんな。それとクンクンしとらんわ、クンクンしとらんわ! 大事なことなので二回言いました!」
 からかわれている自覚は一切ないのか、と疑いたくなるほどの高反応っぷり。
 まあ自覚がないからこそ突っかかってくるのだろうが、少しぐらい自覚したほうが身のためだぞ?紅莉栖よ。
「で、HENTAI処女は帰らんのか?」
「HENTAIではないわ! 処女だけど処女言うな! ったく。まだ帰らないわよ」
「言っとくが、今日は昨日のような助手得イベントはないぞ」
「な、何言ってるのよ! そんなこと分かってるわよ!!」
 ………期待していたのかよ。
「それと助手得って何よ! 助手得って! むしろ、HENTAI凶真得じゃなくて?」
「人のことをHENTAI呼ばわりするなHENTAI助手! 俺には鳳凰院凶真と言う世界が恐怖するほどの名前があるのだ!」
「はいはい。厨二病、乙」
「………」
 自分で流れを断ち切るとは、不覚だった。
「というか、なんでまだあんたがここにいるのよ?」
「それはこっちのセリフだ。俺はこれからレポートを仕上げないといけないのでな」
 と言って、俺は持ってきたかばんの中からレポート課題を出した。
「ふーん。珍しくまともじゃない」
「珍しくもなんともない。普通だ」
 これでも俺は、大学生だ。
 出された課題はこなし、でなければならない授業には出て、単位を取らなければならない。
 もちろん、この時ばかりは鳳凰堂凶真は封印している。俺もそこまで常識知らずではない。
「バイトが忙しかったことがあってな、本当ならもう終わっている予定だったものがまだ手付かず。これを終わらせるまでは帰れないな」
「となると、岡部はまだラボにいるってことよね?」
「そうだ。最悪、今日はここで寝て、朝に家に帰って大学だな。出来るならそれを避けたいところだが…」
 ざっと冒頭部分を黙読したところ、どうやらそれは叶いそうにない。
 不運なことに、今回に限って俺の苦手なところだ。
 しかも、締切りは明日まで。本当に終わるのか、自信がないな。
「……………」
「避けたいけど避けれない、って顔に書いてあるわよ」
「……………すまん」
「ったく。仕方ないわね。後味も悪いし今回だけは手伝ってあげるわ」
 前々から思うが、俺って表情が顔に出やすいんだな。
 それと、紅莉栖には貸しが一つできてしまった。今度、何かをして返さないとな。


 課題を始めて2時間もせずに、レポートは終了した。
「で、何か言うことは?」
「ありがとうございます紅莉栖様。あなたさまのおかげで、無事にレポートを仕上げることができました。本当にありがとうございます」
「うむ。よろしい!」
 それは天才少女の力があってこそなのは言うまでもない。
 勝ち誇った表情の紅莉栖に対して、今の俺には文句は言えるわけがない。
 悔しいが、でもそれが現実だ。………助手のくせに。
「さて、帰るか」
「………はぁ?」
「………」
 そこでなぜ俺を睨むのだ!
「まだ帰さないわよ。むしろ、ここからが本番よ」
「えっと……説明を求む」
「一応、岡部の学業のことを配慮して今回は手伝ってやった。で、それが終わったことだし今度は私のターンよ。もちろん、レポートを手伝った私に岡部は拒否権は使えないわよ」
 何も文句を言わずに手伝ってきたと思ったら、そんなことを考えていたのか。
 しかし、手伝ってもらったのは事実。また、逆らえないのも事実。
 俺は仕方なく覚悟を決め、レポートをかばんに突っ込み、ソファーに腰をかけた。
「理解が早いわね」
「今更何を言うか。で、何を話すんだ?」
 紅莉栖は俺の向かい側に立ち、俺のことを少々見下ろすような形で言った。
「昨日のこと。あの時は驚いて聞けなかったけど岡部、ちゃんと説明してくれるわよね?」
「……………」
 やはりか。
 いつかは追求されると思っていたので、驚きはない。むしろ、遅いぐらいだ。
「……………」
「岡部」
 目を逸らした俺に紅莉栖は視線で訴えてくる。
 だが俺は目を逸らしたまま、それに気づかぬ振りをした。
「…………………」
「傲慢ね。いや、あんたの場合は独善的のが合ってるかしら」
「独善的、か」
 独善的。久々に聞いた言葉は、俺にぴったりだと思った。
 もちろん、それは今までの経験からの皮肉から来るものであるのは言うまでもない。
「なら、独善的なら俺はこのままでいいんだろ? クリスティーナ」
「よくないわ」
 紅莉栖はきっぱりと言い切った。まだ詳しく話すら聞いていないというのに。
 科学者らしくない根拠のないセリフだが、時々こういったことを言う辺り、紅莉栖らしさを感じさせる。
 もっとも、今この場での紅莉栖らしさは俺にとってはでないで欲しかったのは言うまでもない。
「助手は俺の説明を聞いて、どうするんだ?」
「あんたの力になりたい」
「………」
「岡部が何を隠していて、何を思っているか私にはわからない。けど、岡部を放ってなんかおけない」
「……………」
 ―――それは……。
「ラボメン…だからか?」
「へっ?」
「俺がラボメンだからか?」
「……………」
 紅莉栖は、視線を下げて黙りこんだ。立場が逆転し、今度は俺が紅莉栖に視線で問いかけた。
「ラボメンだから、仲間だから助けたいんだろ?」
「そ、そう………でも」
「でも……?」
「お、岡部……だから、よ」
「俺…だから?」
 紅莉栖は頷いた。
 それはつまり……俺だからというのは、どういうことだ?
「わけがわからんな。なら、まゆりやダルだと違うのか?」
「そう……だと、思う」
「思う?」
「わ、わかんないのよ! まゆりや橋田が悩んでたら問答無用できっと助けたわ。でも、岡部は……何か違うの」
「違うとは?」
「わからない……私にもなんでかわからないわ」
 紅莉栖のわからないと言ったこと。
 その原因と関係していそうなことで俺が思いついたのは、α世界線の記憶だったがすぐに否定した。
 理由は、α世界線と結びつくような何かを俺は会話の中で感じ取れなかった。
 もし感づいているなら、もう少し違和感を持っていたはずだ。だがそれがないということは、関連がないことを意味する。
 決して根拠がない。ましてや、体感のようなものなので確実とは言えないが、確信はあったのでおそらくあっているはずだ。
「ああもう! とにかく話しなさい」
「ずいぶんと強引に話に戻したな。だが断る!」
 自然に言わせたかったようだが、ここで自然に頷いてしまうほど、俺は気を抜いていない。
「岡部」
 紅莉栖には話したくない気持ちは変わらない。やはり、話して思い出すことを考えるとどうしても怖い。
「悪いな紅莉栖。こればかりは譲れないんだ」
 ―――全てはお前のためなんだ。
 俺は心の中で自分に言い聞かせるように思う。
 というよりも、今の言葉は紅莉栖に対してではなく自分への暗示だ。話せないことに耐え切れず、話してしまわないようにするための暗示だ。
「………岡部。あんた、自分の顔を鏡で見てみなさいよ」
「え?」
「なんて辛そうな顔してるのよ。馬鹿」
 優しい声で、紅莉栖は俺を優しく抱きしめた。
「もう、いいわよ。今は聞かないでおくわ」
「今はってことは、また今度聞くのだろう?」
「かもね。でも今は……」
 俺を抱きしめた紅莉栖の腕に力がこもった。
 そして、悲しそうに言った。
「私にはこれだけしか出来なそうだから」
「……」
「ごめん」
「なぜ、謝る?」
「あんたの力になれなかったからよ。だから、ごめん」
 ―――やめてくれ。
「私じゃ、岡部の力になれない」
 ―――何を言っているんだ、こいつは。
「ごめんね。岡部」
 ―――なんで。
「なんで…泣いているんだ?」
「知らないわよ! あんたが、泣かないからよ。だから私が泣いてあげたのよ! 感謝しなさいよね、馬鹿!」
「………ああ。そうだな」
 感謝、するしかないよな。
(ありがとう、紅莉栖。でも、ごめん)


 深夜にふと目が覚めた。
 すぐ隣には規則正しい寝息を立てる紅莉栖が眠ってる。
 動きたいが、小さなソファーの上で紅莉栖に押し倒されているというとんでもない形で寝ているので動くことはできなかった。
「………」
 俺は目と鼻の先にある紅莉栖の寝顔を見た。
 こうしてじっくり観察できるのは、始めてだ。同時にこんな機会は最後のような気もした。
 もし手が動かせるのであれば頬を撫でてやりたかったが、残念なことに手をここに持ってくるのは難しいのでやめた。
「………紅莉栖」
 そういえば、至近距離で紅莉栖の顔を見るのは始めてだ。
 いつも顔を見るのは遠くで眺めているだけだったので、とても新鮮でとても愛しくなった。
 が、俺は手を出す気もない。ただ眺めていればいいと思った。
「これが、今の俺の選択だ。ごめん。紅莉栖」
 俺は臆病だ。記憶を取り戻してしまうことに怯え、それで紅莉栖が変わってしまうことが怖い。
 だから今は本音を言えない。というよりも、怖くて怖くて言えるわけがなかった。
「ごめんな…」
 胸が痛い。想いを殺すのがこんなにも苦しく悲しいものだとは。
 俺はいつまで耐え、いつまで耐え切れるだろうか。
 でもこれも紅莉栖のため。
 そう考えれば、しばらくは大丈夫だ。そんな気がした。

四ヶ月
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2011/09/18 00:02 | STEINS;GATE

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