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2024/05/19 02:39 |
四ヶ月
『三ヶ月』『三ヶ月以上』の続きです

*『四ヶ月半のピードロ』シリーズ


 気づけば年が明けていた。
 去年はいい意味でも悪い意味でも濃厚な一年だった。特に夏は二度と経験できない日々であった。だがそれも去年の話になっていることに、まだ実感は沸かない。
 とりあえず、近状を整理しよう。
 去年の尋問の日を最後に、俺はラボどころか秋葉原にすら行っていない。代わりに、バイトの日数を増やし、学業に専念した。
 俺らしくないが、本を読んだりした。言っとくが、タイムトラベル関係の本ではない。別のジャンルの本だ。
 故に、多忙な日々を過ごし、気づけば大晦日・元旦が過ぎていた。
 その間に、まゆりとダルはコミマに行ってきたらしい。俺はというと、その日もバイトを入れていたので行っていない。
 まあ元々行く気はなかったので、行けなかったことは別に苦ではなかった。
 新年は一日目の元旦もバイトだった。だから初詣には今年はいかなかった。
 で、そんなバイト充な日々をすごして今日で数週間がたった。
 去年行ったラボがとても懐かしいが行く気はない。なぜなら、彼女が、紅莉栖がいるから。
「メールか」
 不意に、ヴヴヴ、と携帯がヴァイブレーションしたので携帯を取った。
 相手は、まゆりだった。
 中身は単純に「バイトお疲れさまでした」とのだけで、特に情報はなかった。
 ラボに行かなくなっていたら、情報はすべてこの携帯が頼りだ。
 俺が送らずとも、相手側からメールがよく来るので情報に関しては困ることはない。唯一、困ったことがあるとすればフェイリスの捌き方程度であったか…。
「………」
 俺は簡単に一言でメールを返した。すると一分もしないうちにメールが来た。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

From まゆり
sub 明日のこと
―――――――――――
オカリン、明日ラボに来る?
今年になってまだラボに顔出してないしまゆしぃだけじゃなくてダルくんもクリスちゃんもオカリンに会いたがっているのです。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

「……………」
 返信は一言で、無理と返しておく。
 ラボにはまだ行く気はない。そうまだ、行けない。
「あと、三日」
 そうあと三日間だけだ。
 三日後に、紅莉栖はアメリカに帰る。
 それまで、俺はラボに、秋葉原に行かない。
 彼女がまだそこにいるから…。



 珍しく朝早く、まゆりが俺に会いに来た。
 まだ休み中なのでまゆりは私服。だが、ラボに行くにせよ、朝早くから来るのは珍しいことだ。
「珍しいな。何か用か?」
「最近、オカリンとすれ違いがちなので会いに来てみました」
 なるほど。たしかに最近はバイトのせいで会えなくなっていた。
 前回あったのは確か二・三日前だったはず。ラボに行っていた頃は毎日会っていたが、行かなくなるだけでこんなにも違うとは驚きだ。
 それほどまで、まゆりとは日常生活で接点がなかった。これはラボに行かなくなってから気づいたことであるのは言うまでもない。
「なるほど。だから朝起こされたのはまゆりだったわけか」
「えへへ。驚いた?」
「まあな。朝起きたらまゆりがいるなんて、ラボだったらともかく自宅だと驚くに決まっている」
 俺とまゆりは、毎朝起こす側と起こされる側といったゲームにありがちな関係ではない。
 というか、そういったのとは無縁だ。幼馴染みであるがな。
「それで? 言っとくがラボには行けないぞ。昼からバイトがあるのでな」
「えー!!! 行けると思ったのになー」
「というか、今日はあまり寝てないのでな。出来るのなら二度寝しておきたいところだ」
 バイトを連勤で入れられることは最近なかったので、まだ疲れが取れてない。
 ましてや今日は夜更かしをしてしまったので、疲れと夜更かしのせいで今日はいつも以上に眠かった。
「悪いがまゆり。今日は本当にピンチなのでな。出来ればもう少し寝かせていただけるとありがたい」
「そう? オカリンがそう言うなら仕方ないかな」
「すまんな、まゆり。今度、バナナを買ってやるから許せ」
「そこはジューシーからあげと言って欲しかったのです」
 まゆりは文句を言いながら、ドアノブに手をかける。そこで俺に振り返った。
「オカリン。今日はお昼からってことは夜には帰ってるってことだよね?」
「??? まあ、そうだな。夕飯は家で食べるし、バイト以外に行くところはないからな」
「そっか。ありがとう、オカリン」
 そういってまゆりは嬉しそうに部屋を出て行った。
 残された俺は、なんでお礼を言ったのか疑問に思いながら、布団をもう一度かぶる。
 疲れと夜更かしは、予想以上に早く俺を夢の世界へと誘っていった。



 今日の夜は親がいない。
 なんでも知り合いに不幸があって明日のお昼ごろに帰ってくるらしい。
 なので、今日の夜と明日の朝に食べるものを買って家に帰ってきた。
 食べるものと言っても料理ができない俺が食べれるものといったら、カップ麺か保存食程度だ。一番楽な方法ではファーストフードがあるが、しつこいのでパスだ。
「………つまらんな」
 チャンネルを一周してみたが、夜のこの時間には自分にあった番組はやっていなかった。
 唯一の救いはニュースがやっていたことだろう。さすがに無音状態で夕食は寂しすぎる。
(まずはお湯を注ぐか。三分以内なら食べる準備も余裕だろう)
 今日買ってきたカップ麺にお湯を注ぎ、その間にドクペと箸を用意しておく。
 それらを行い、二分後ほどして出来上がったカップ麺を俺は食した。
「……………」
 その間は本当に何もなかった。
 興味のないニュースを見て、ドクペを飲みながらカップ麺を食べた。携帯も沈黙を保ち、来訪者もいなかった。
 その時はまるで、自分ひとりだけが世界に取り残されたかのような…そんな錯覚を受けた。
(環境が変わるだけでこうも変わるとは)
 ラボにいれば一人でもこんな錯覚は受けなかった。
 しかしここは家だ。ラボよりも住んでいる期間は長いが、ラボができてからは家にいる時間が短くなったので、今は違和感を感じた。
 そして、一番大きいのはおそらく
(紅莉栖のことが原因だからだろうな)
 気持ちの問題が一番大きい。
 やはり気持ちがしっかりしていないと、何もかもが違う。だから、錯覚を覚えたのだろう。
(でも………)
 これは仕方のないことだ。
 俺はそう思い込むしかない。でなければ、俺はおそらく―――
「ん? メールが来てたのか」
 携帯が点滅していたことに気づき、携帯を開いた。
 そういえばマナーモードのままだった。なら通話にもメールにも音もヴァイブレーションもあるわけがない。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

From まゆり
sub お疲れ様かな?
―――――――――――
オカリン、バイト終わった?
もしそうだったらお疲れ様~

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 とりあえず、一言「ありがとうな。まゆり」と返しておく。
 すると、すぐさまメールの返信が帰ってきた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

From まゆり
sub Re:Re:お疲れ様かな?
―――――――――――
ところでオカリンは今、家にいるの?

―――――――――――――――――――――――――――――――――

「???」
 なにかあるのだろうか。
 まあまゆりに限っておかしなことはしないだろうし、言っても損をする事はないので、「いる」とまた一言だけで返信をした。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

From まゆり
sub Re:Re:Re:Re:お疲れ様かな?
―――――――――――
わかった

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 短文ではなく一言だけで返す。学生らしいメールだ。
 知り合いとメールをしたりするが、だいたいこんなモノだ。というか、短文でメールするのはおそらくラボメンだけだろう。
 しかし、まゆりはどうするつもりなのだろうか。
 俺が家にいることを聞いたということは、おそらく来ることは間違いないだろう。
 ならば何をしに…まゆりは飯を作れないのだし………。
 などと、様々なことを考えているとまたまゆりからメールが来た。
 そしてタイトルを読んだ瞬間、俺はあまりにも突然のことに絶句した。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

From まゆり
sub 牧瀬紅莉栖よ
―――――――――――
久しぶり。岡部

―――――――――――――――――――――――――――――――――

「牧瀬……紅莉栖…だと」
 それは本当に突然だった。
 今日もいつも通り、バイトをしてあとは休む日で終わるはずだったのに、たった一つのメールで今日がいつもと違う日になった。
 まるで、Dメールの時のようにこれから何かが起きる前兆のように…。
 ピンポーン
「ッ!?!?」
 不意になったベルの音に、俺は驚き、飛び上がってしまった。
 誰かが来た。そう誰かが、だ。
 俺は、ゆっくりと居間を出て玄関に向かう。それから鍵を外し、ドアを開けた。
「グッドイブニング。岡部」
 そこにいたのは今、俺が一番会いたくて一番会いたくない人物が仏頂面で立っていた。


 紅莉栖とは完全に連絡を断っていた。
 通話とメールを拒否にし、@ちゃんねるに書きこむのを一時期やめた。
 この家のことも話していなかったし、携帯と@ちゃんねるでつながりを断てば完全につながりは消えると思ったが、誤算があった。
 それはまゆりの存在だった。携帯が通じないならまゆりのを使えばいいのだし、家のことはまゆりがよく知っている。
 これに関しては誤算であった。いや、まゆりと紅莉栖が会った時点で、すでにこの誤算は確定したことなので、誤算というよりも必然だったのかもしれない。
「で? 最近、ラボに来なかった理由は?」
「……………」
 居間のソファーに座り、こっちを睨むように見てくる。
 どうやら俺から色々訊きたいことがあるようだが、俺は無言を貫く。
「私と連絡を断った理由は?」
「……………」
「岡部が隠しているのは?」
「……………」
「だんまりね。大事なことなので二回繰り返しましたけど、今のあんたには意味がないみたいね」
 紅莉栖は、一回目でだんまりだった時からわかっていたような口ぶりで言った。
 わかっているなら最初から言うな、といつもなら言いたいが今はそれを抑えた。
 いつものノリは、つい口を滑らせてしまいそうであったし、何より紅莉栖にこの場の空気を奪われたらおそらくおしまいだろう。
「それより、なんであんたは私の斜め向かい側に座ってるわけ?」
「……………」
 斜めに座った理由は、紅莉栖と距離を取りたいからだ。
 正面だといつもの距離かそれ以上になってしまう。今は、どんな些細なことでも紅莉栖とは距離をとっていたい。
 でないと俺は、耐え切れなくなる。それがわかっていたからだ。
「それもだんまりか。まったく」
「……悪いか?」
 居間に紅莉栖が入ってきてから、ようやく声を出せたような気がした。
「悪い。当たり前でしょ」
「そうか…」
「だから話しなさい。あんたが何かを隠しているのは、もうわかっているのよ」
「……………」
「はぁーこれじゃあ平行線のままね」
 紅莉栖の言うとおり、俺が何も言わなければ話は平行線のままだ。
 逆に俺が何かを言ってしまえば、話は急加速する。
 俺からすれば単純な話で、このままずっと黙っていればいいだけだ。そうすれば、紅莉栖は諦めざるえないはずだ。
 そう………思っていた。
「なら私はひとりごとを話すわ」
「……………好きにしろ」
「夢の話だけど、ある日の夜、ラボでまゆりが誰かに殺された」
「ッ!?!?!?」
 一瞬で全身が麻痺したような感覚に陥った気がした。
 嘘だと思って欲しかった。
 冗談ですんで欲しかった。
 でも、紅莉栖の目が、現実を俺に突きつけた。
「あとは、Dメール……って単語と鈴羽と言う名前。それから、ヘッドホンを付けた岡部と、ラジ館の屋上に岡部と一緒にいる光景」
「……………」
「夢。だけど現実味があって、とても懐かしかった」
 夢のことを思い出すように目を細める。
 α世界線。俺だけが知っているはずの別の世界線での出来事。
 それを夢であったとしても思い出したということは、俺の知らない間にリーディングシュタイナーが発動していたということ。
 つまり、α世界線の記憶を紅莉栖は、思い出しつつあるということだ。
「他には?」
 紅莉栖がどこまで知っているか。好奇心と期待を止められず、俺は問う。
「あとは、ハイデガーの言葉。それと、パパのことで相談に乗ってくれたこと」
「………」
「あ、あとは………」
 紅莉栖は言いにくいのか急に黙りこんでうつむいた。気のせいか、真っ赤になっているように見えた。
「どうした?」
「い、言わなくちゃ…ダメ?」
「別に言いたくなければそれでいい」
 いつの間にかいつものように会話をしている。先程まで警戒していたのが嘘のような会話だ。これも好奇心と期待を止められない結果だろう。
「い、言うわよ……大切な、ことだから」
 紅莉栖は小さな声で答えた。
 これは紅莉栖のひとりごとなのだから、俺はそれを止める権利はないし止める気もないので、無言で返事を返した。
「お、おかべ…と………その……」
「……………」
「き、きす………した………こ……」
「………」
 それは……あの時の……こと、だ。
 あの時、紅莉栖を、殺すことを、決めたときの、あの、場面、だ。
「そ…………か」
 正直、言葉が出たのが奇跡のように思えた。
 それを夢であっても思い出してくれたことは、俺にとってはかけがえのない奇跡だ。
 だからこそ思ってしまう。
 あの時の紅莉栖にまた会えるのではないか、と。
「……………紅莉栖」
「な、何よ?」
「お前、俺のことが好きなのか?」
「なっ!?!?!?」
 もっと緊張して、言うのが大変だったと思っていた言葉が予想以上にあっさりと、しかも戸惑いがなく言えてしまった。
 さらに言っても特に感じたことはない。不思議なことだ。
 対して紅莉栖は戸惑っている。むしろ、この反応が普通だろう。
「いいいいきなり何を言うのよ!? こ、こういうのはもっと、ちゃんとしたところで言うべきことでしょ!」
「そうだな」
「そうだな、じゃないわよ! あんたは本当にわかってるの!」
「わかっているさ。だから、訊いたんだ」
「うぅ~………」
「紅莉栖。答えてくれ」
 おそらく、こんな冷静に言えているのはあの時の紅莉栖にまた会えることを楽しみにしている自分がいるからだ。
 でなければ、こんなにも冷静に見えて急かすようなマネはしていない。
「紅莉栖…頼む」
 俺は、ついには頭まで下げた。
 それに紅莉栖は覚悟をしたのか、小さくわかったと言った後、小さな声で返答した。
「好き…よ」
「…………………」
「岡部が………すきよ」
「…………………」
 瞬間、心臓が高鳴り、胸の奥がとても痛くなった。俺はとっさに胸を抑えると、小さく深呼吸をした。
「岡部…? どうかしたの?」
「いや………なんでもない。それよりも、理由を聞いていいか?」
「え? あ、ま、まあ……いい、わよ」
 紅莉栖はもじもじしながら、頷く。
「き、気づいたのは岡部がいなくなってからよ。岡部がいなくなってからその……寂しくて、メールしても届かないし電話も通じなかったし」
「まあ………な」
「@ちゃんねるを見ても、あんたの名前がなかったし……まるで、あんたが消えちゃったみたいで……寂しかった」
 消えたみたいで寂しかった、か。
 その気持ちは俺もわからなくはない。そのような気持ちにさせられたことが俺にもあった。
 ただあの時は消えたみたい、ではなく消えてしまっただったが、それはもう過去の話なのでこれ以上は思い出さない。
「で、寂しいってのが表情に出ちゃったみたいでさ。まゆりと橋田がそのことに触れてさ、それで岡部の話題になってさ……」
「それで?」
「す、好きかって聞かれたの。それで、無意識に好きって答えちゃって………それで、気づいた」
「……………」
「お、岡部が……す、好きだって」
 俯いていた紅莉栖の顔が、少しだけ上に上がった。
「……………」
 好きだと言ってくれた紅莉栖の顔はとても恥ずかしそうだが、とても嬉しそうだった。
 悩みが解消され、解放されたかのような笑顔は、とても可愛かった。
 しかし、俺はまだ悩みから解放されていなかった。
「ひとつだけ聞く。それは俺が恩人だからか?」
「否定は……できない。でも私は、純粋にあんたのことが好きだと思う」
「思う?」
「うん。好きになるきっかけは岡部が恩人だと思うけど、好きになったのは私が岡部に惹かれたから…だと思う」
 小さな声だが紅莉栖ははっきりと答えた。
「………」
 α世界線の記憶が関係しているのだろうか。
 正直、俺はそこがわからなくて返答に困った。
 もしも関係をしているのなら思い出していないだけで、紅莉栖の持っていたあの時の感情はおそらく…。
 逆に関係していない場合はどうなるだろう?
 純粋に俺のことを好きと言ってくれたのはおそらく本当だ。だが、恩人であることはおそらく捨て切れていない。
 きっかけと言っても、おそらく恩人であるからこそ無意識に好きだと思い込んでいるのではないか?
 そう思うと、急に怖くなった。
「…岡部?」
 タイムリープマシン後の記憶を思い出させたくない。
 そこから先の辛い記憶を思い出させたくないから。
 俺の中にある独善的な考えが、俺の本音をせき止めた。だから、答えは決まっていた。
「そうか。でも悪いが付き合う気はない」
「え…?」
 俺の返答に、紅莉栖は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
 そしてすぐさま、自分がフラレたこと気づき、なんでと問いかけてきた。
「それは………」
「それは?」
「それは……………」
 返答は決まっていた。
『俺は紅莉栖のことが好きではないから』
 しかし、言えない。言えるわけが、ない。
「それ、は………………………」
 好きではないなんて絶対に言えない。
 それは、過去を否定することと同様であり、長々と持っていた紅莉栖への想いを否定することになる。
 そして、紅莉栖とのつながりを完全に断ち切ってしまう可能性を秘めている言葉でもあるからだ。
「…………………」
 怖い。また紅莉栖が消えてしまうのがとても怖い。
 もう会えないと思うと…またいなくなってしまうと思うと…離れてしまうことを思うと、怖い。
 何よりも、自分の命が尽きるのと同等なぐらい怖い。
 怖い怖い怖い怖い怖い!
 紅莉栖がいなくなるのが怖い!
「へっ?」
 気づいたときには俺はソファーから立ち上がり、紅莉栖を押しつぶす勢いで抱きしめていた。
 もう離したくない。絶対に離さない。離すものかと強く、強く…。
「お、おか…べ」
「はなせるわけ……ないだろ!」
 二度も失ってしまった自分の命と同じ価値の彼女を、離すことなど出来るわけがなかった。
「岡部」
「お願いだ。俺から離れないでくれ。もう、一人にしないでくれ。耐えられないんだ」
「………馬鹿。なんでそんなに耐えていたのよ」
 紅莉栖は俺のことを優しく、抱きしめ返してくれた。
 そして、ギュッと俺の背中を掴んで、優しく言ってくれた。
「苦しんでいたこと、気づけなくてごめん。でも、もういいわ。大丈夫、大丈夫だから」
「紅莉栖……」
「ちゃんと私が支えてあげる。だから、前みたいに素直になりなさい」
 紅莉栖はポンポンと背中を叩いてくれた。
 それが合図となって、
「ううぅ………あああああぁぁぁぁぁ!!!」
 俺は四ヶ月以上溜め込んでいた苦しみをようやく吐き出すことができた。



 苦しみを吐き出しきった後、俺はずっと黙っていたα世界線のことを知っている限り、全て話した。
 その間、俺は何度か辛い記憶を思い出させてしまう罪悪感に折れそうになったが、そのたびに紅莉栖は俺の手を握ってくれた。
 おかげで、罪悪感に耐え切って、最後まで話すことができた。
「これが、全部だ」
「そう………」
「………怒らないのか?」
「………」
 話している最中、何度も気になっていた。
 ずっと黙っていたことや一人で背負い込んだこと。紅莉栖はそれらのことを、なんと思うのだろうか、と。
「………今更怒っても仕方ないことよ」
「そうか……」
「ただ、思うことがあったから言わせてもらうわ。一人で背負いすぎよ、この馬鹿」
 と言って、紅莉栖は俺の頭をポカンと殴った。
「ずっと耐え続けてきたんでしょ。まったく、無茶しやがって」
「すまん」
「謝らなくていいわよ。心配しただけよ」
 なら尚更謝るべきだと思ったが、仏頂面の紅莉栖を見て言うのをやめることにした。
「でも気づけなかった私も私だな。はぁ~だめだな、私」
「………」
 それを聞いて尚更申し訳なく思った。だが、同時に気づかれていなかったことに安堵をする自分がいた。
 おそらく、紅莉栖以外にはバレていないのだろうと、聞いて思ってしまったからなのだろう。
「……………岡部?」
 そう考えると、俺はどれだけ最低なやつなのだろうかと思えて―――
「これは、他のラボメンにも言うべきなのだろうか?」
 紅莉栖に頼ってしまいたくなった。
「それを決めるのは私じゃない。岡部よ」
 だが紅莉栖は厳しい。頼ったところで、全てを解決してくれるとは限らない。
「そ、そうか…」
「でも、いつかは言うべきだと思う。その時が、おそらく来ると思うから」
 でも、選択肢は提示してくれる。
 だから俺は、頼ろうと思ったのだろう。
「……………まだ、言えない。いや、俺自身が言うことを恐れている。だから、まだ待っていて欲しい」
「そう……」
 紅莉栖は俺の手を優しく握ってくれた。
 今日は、支えられてばかりで本当に申し訳ないし感謝しきれないな。
「すまない。お前はもうすぐアメリカに帰るというのに」
「はぁ? 何言ってるの? まだ2週間以上いるわよ」
「え? どういう……ことだ?」
 2週間以上? 確か、紅莉栖が帰るのは二日後の明後日では?
「まさか? 知らないの?」
「知らない。どういうことだ!?」
「そっか。メールが届かなかったから」
 なるほど。メールか。
 たしかに拒否にしていたから届くわけがない。
「急遽なんだけど講演会の依頼がいくつか来てやることになったの。で、終わるまでの間、日本にいるってこと。単純でしょ?」
「まあ単純だが……ずいぶんと都合がいいんだな」
「そうね。都合がいいわ」
 と紅莉栖は言って笑う。
 それを見て、ようやく俺も肩の力が抜けて、ははっと笑うことが出来た。
「これも『シュタインズゲート』の選択か」
「厨二病乙」 
「ツンデレに言われたくないがな」
 会話もいつもの調子に戻ってきた。
 なんだか、とても懐かしく心が落ち着くような感じだ。
「な!? つ、ツンデレじゃないわよ! べ、別に岡部と一緒にいられる時間が増えて嬉しくてしょうがないとか思ってないんだからね!」
「テンプレ台詞乙」
「う、うるさい! 岡部のくせに」
 まったく。ツンデレ紅莉栖はやっぱり大した奴だよ。
 厨二病の俺が言うのもなんだがな。
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2011/09/18 00:06 | STEINS;GATE

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