EP後、紅莉栖がラボメンにならずに一年が経ったら、というifです。
あと最後以外台詞なしで書いてみようと実験してみた作品でもあります。
あと最後以外台詞なしで書いてみようと実験してみた作品でもあります。
7月28日。
あの日から一年経った今日、この日を迎えてしまった私の気持ちは複雑だ。今日を一言で言うなら、幸か不幸かわからない日だろう。
一年前、私はラジ館でパパに殺されそうになった。パパに首を締められた圧迫感と呼吸ができなくなる苦しさ。そして、今まで見たこのない狂気じみた笑みは、今なお鮮明に覚えている。今も思い出すだけで震えがやってくる。できるなら忘れたい記憶だ。
それを助けてくれたのは自分を鳳凰院凶真と名乗っていた彼、岡部倫太郎さんだった。
今でもわからないが、パパのナイフをかわさず岡部さんは何故か受けた。それから血を流す岡部さんをなんとかしないと思う一心で近づいたら、知らぬ間に私は眠っていた。いや、正確には眠らされたのであろう。
そして、気づいた時には床に残った大量の血液の上で私は眠っていた。
今思い出しても謎が多い。というよりも、あそこにいた岡部さん自身が一番の謎だ。
何故私を助けたのかから始まり、何故私とパパが会う場所を知っていて、何故隠れていて、何故あのタイミングで出てきて、何故ナイフを受け、何故私は眠らされ、何故大量の血液の上で寝かされていたのだろうか。
他にも、何故初対面の私に対して「助ける」と言ったのだろうか。何故パパに抗議した時の岡部と初対面時と三度目の再会時の岡部さんの態度は違ったのだろうか。考えれば考えるほど、何故が出てくる。
しかし、私は岡部さんにそれを訊くことができなかった。
―――さらばだ。クリスティーナ
岡部さんと最後に会ったのは、四度目の再会時。それ以降はまったく会っていないし連絡も取れない。
思い返すたびに私は思う。なんであの時、連絡先を教えてもらったり、また会う約束を取り付けたりして、岡部さんと何かしらの繋がりを持とうとしなかったのか、と。
私がここ、ラジ館に来るのは五月に日本で仕事があって以来だ。
あの時は日本での講演会に参加すべくアメリカから日本にやってきた。研究のこともあって滞在時間は講演会を含め、たったの三日とハードスケジュールだったがその時、私は一度、この秋葉原の訪れている。
もっとも、その時は歩きまわされて終わった。いや、歩きまわって見つからなかったという皮肉な結果は残ったか。どちらにせよ、今回はそれ以来の秋葉原ということだ。
そう言えば、@ちゃんの読んだがラジ館は今月中には全てのお店が締まり、入れなくなるらしい。現に一階にある店だけがやっているのを見る限り、どうやら書き込みは本当のようだ。ならば取り壊される噂も真実だろう。
ということは、次に日本に来るときにはラジ館は取り壊されている可能性がある。それはつまり、岡部さんとの唯一接点があったこの場所がなくなることを意味している。
不意に胸がチクリと痛んだ。痛みの理由はきっと岡部さんと接点がなくなることが、寂しいのだろう。
だからだろう。接点がなくなるということは、これが再度会うことができる最後のチャンスだと気づき、焦り始めていたのは。
しかし、何かをしようにも実はどうしようもないのが現状だ。
そう言えばと、私は岡部さんからもらったピンバッジをポケットから取り出した。
書いてあるのは『OSHMKUFA 2010』の文字。もらったとき、意味がわからなかったのでネットで検索したが、そこに岡部さんと接点になるものがない。
ならば、どこかのショップに販売しているものかと調べたこともあったが、これも引っかからない。
でも何か意味があるのはわかる。だが、それが私にはまったくわからない。
そしてこれの意味をおそらく知っているのは、岡部さん。でなければこんなバッジに文字を打たないはずだ。
と、考えていたとき、ポケットの携帯が振動した。
この場所でこのタイミング。まさかと思い、すぐさま携帯を取り出し、誰かからか確認をしたが、結果は落胆するものであった。
一応、私が日本にいるのは仕事を兼ねてもいる。休暇も一応含まれているが、この時期に日本での公演の依頼があった場合はすべて私に連絡することになっている。なので、こうして急な連絡も入ったりする。
私は連絡事項を頭の中でメモした後、携帯を切った。仕事だから仕方がないとは言え、こうも急に連絡が入っては休暇らしくもない。
と言っても、休暇らしく遊ぶために私は日本に来たわけではない。目的は岡部さんと会うことに尽きる。
それを自分の中で改めて確認したとき、また携帯が振動した。
今度は誰だと私は鬱陶しく思いながら、携帯を開くとどうやらメールのようだ。
しかし、表示されたのは知らないアドレスだ。となると、メールはおそらく迷惑メールだろう。それをわかっていても確認をしたくなるのが人間だ。削除する前に一回どんなメールかを確認するために中身を開いた。
そして、中身を読んで私は声を失った。
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sub
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未来ガジェット研究所
東京都千代田区外神田○ー○○ー○
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未来ガジェット研究所。初めて聞く名だった。
なのに、とても懐かしい。しかも、馴染み深い名のような気がした。
住所を読む限り、駅からそう遠くはなさそうだ。それに住所さえわかれば調べて行くことが出来る。
だが、差出人は不明。しかも相手の送信日時がおかしなことに2025年7月28日と書いてある。差出人はともかく送信日時は明らかにエラーだ。でないと未来から過去にメールを送られたことになる。
これではまるで”Dメー………………え?
私、このメールを今、何って言おうとしたの?
住所を調べてみてわかったが、そこは岡部さんがまだ入院していたときに何故か何度も足を運んだ場所であった。
今でもよくわからないが、去年の8月から再開する9月までずっと秋葉原を歩いていたとき、ほぼ一日に一回はここに来た。そのたびに岡部さんがここにはいないことに落胆をしたが、どういうことなのだろうか?
私は疑問を抱きながら、一階にあるブラウン管工房なるものの二階にあると思われる未来ガジェット研究所の窓を見た。ここからでは人がいるかどうかわからない。やはり直接赴くしかないだろう。
私は端にある薄暗い階段を一段一段を噛み締めるように昇る。そして、二階にある古いドアの前で私は止まった。
あのメールはここを指していたことは間違いない。ではここに何があるのかは。それは自分の目で確かめない限りわからない。
私は深呼吸をして、トン……トン……とドアをノックする。
遅れてはーい、とノックに気づいた男の声が聞こえ、一瞬ドキッと驚いてしまった。が、男がドアの方へ歩いてくる足音のような音が聞こえた頃には落ち着いていた。
しかし、落ち着いたのはほんの数秒だけだった。
「はーい。どちらさ―――」
「えっと……お、お久しぶりです」
「……………」
「岡部さん……ですよね? 牧瀬紅莉栖ですが、覚えてますか?」
「ああ……………覚えてる」
「良かった! てっきり忘れられているかと思ってました」
「……………」
「あ。す、すいません! 一人ではしゃいじゃって」
「いや構わん。それよりも、なんでここに?」
「そ、それは……………」
「……紅莉栖?」
「ずっと、探していたからです………」
<fin>
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